2022年は、海外速報担当の筆者にとって、イーロン・マスク氏(51)に翻弄された年でした。Tesla(電気自動車)、SpaceX(宇宙開発と衛星ネット)、Neuralink(脳埋め込み端末)、Boring Company(トンネル)を経営する同氏によるTwitter(SNSプラットフォーム)の買収とその後が激動すぎたからです。
マスク氏によるTwitter買収騒動のこれまでとこれからについて、まとめておきます。
●買収までの混乱
マスク氏は2009年から頻繁にツイートするアクティブユーザーでした。また、「Twitter投票」も、例えば2021年11月の「Teslaの株を売却してもいい?」などで使っていました。
買収を公に匂わせはじめたのは今年3月のこと。「言論の自由は、民主主義に不可欠だ。Twitterはこの原則を守っていると思うか?」というTwitter投票を投稿しました。
マスク氏はその段階で既にTwitterの株式の9.2%を買収済みで、個人としてのTwitterの最大株主になっていました。
そして、4月には440億ドルでの買収に同意。Twitterを「人類の未来に不可欠な問題が議論されるデジタルタウンホール」として育てていくという意欲を見せました。
ところが7月になって、Twitterが契約違反したとして買収取りやめをTwitterに通知。契約違反というのは、mDAU(収益対象になる日間アクティブユーザー数)に占めるスパムアカウントの量が約5%としていたのは嘘じゃないか(実際にはもっと多いんじゃないか)、という主張でした。
それに対し、Twitterがマスク氏を提訴し、マスク氏が勝訴するのは難しい状況になり、結局買収に再合意して完了しました。
その時点で、11月には上場廃止する計画も明らかにしました。
●幹部と従業員の大量解雇
買収すると覚悟を決めたマスク氏は、Twitterを自分の理想のプラットフォームに作り変えるために、まずは意に沿わない幹部を多数解雇。従業員の75%を解雇すると予告し、ハードコア(必死に働くこと)か退社かと迫り、大量解雇を実施しました。
大量解雇を生き延びたSafety & Integrity担当ディレクターのヨエル・ロス氏も11月中旬には自らTwitterを去り、その顛末やTwitterの未来についての危惧をThe New York Timesに寄稿しました。
マスク氏がそんなロス氏を攻撃し、前前CEOのジャック・ドーシー氏にたしなめられるという一幕も。
この大量解雇やその後も続いた解雇、ロス氏のような自主的な退職の結果、10月時点で約7500人だった従業員数は、(非上場になったので公式な数は不明ですが)現在は約1800人くらいになっているとみられています。広報窓口もいなくなってしまったので、アイティメディアを含め世界中のメディアが困っています。
●マスク氏の野望
マスク氏はTwitterを買収して何をしたかったのでしょう?
自分の思い通りにしたかっただけだろうとか、気に食わないユーザーを凍結したかったのだろうとかいう見解もありますが、本人が何度も言っているように、Twitterを民主主義に不可欠なデジタルタウンホールにしたい、というのが根本にはあると思います。
また、5月にThe New York Timesが報じたプレゼン資料にある「X」構想もまだ生きているでしょう。買収完了の段階にも「Twitter買収はすべてのアプリであるXの構築を促進するものだ」とツイートしています。
Xが何かは具体的な説明はありませんが、「すべてのアプリ」つまり、モバイル決済も動画投稿も、なんでもそれ1つでできるアプリ、という意味のようです。
マスク氏はその理想実現のために、オフィスに泊まり込んで自らコードを書いているそうです。下のツイートはそんなパパに会いに来てもらうために息子のXちゃんに作ったTwitter社員証です。
●#Twitter Files
理想は理想、現実は現実です。
Twitterを言論の自由を保証するタウンホールにしたいという理想を追いつつ、自分の思い通りにならない従業員やユーザーには我慢ならないようです。
本来は理想の実現に専念すべきところですが、自分が買収するまでのTwitterにどれだけ問題があったかを説明したい気持ちが強かったのでしょう。マスク氏は12月、「#Twitter Files」として、自分が買収する前のTwitterの問題を暴くシリーズを外部ライターに書かせ、発表させはじめました。
例えば、ドナルド・トランプ大統領(当時)のTwitterアカウントを凍結するまでの従業員たちの「悪行」を、当時の社内Slack上のでのやりとりなどを交えて「暴露」するというものです。
筆者も読みましたが、悪行というより、前代未聞の問題について、内部の人々がいかに真剣に取り組み、真摯に話し合ったかが分かるだけという印象でした。マスク氏はメディアにセンセーションを巻き起こすつもりだったようですが、主要メディアはほとんどスルーしました。
従業員の懸念
この#Twitter Filesを外部ライターに書かせるに当たり、マスク氏はライターにTwitter上のすべての個人データへのアクセスを許可させるよう従業員に命じたと米Washington Postは報じています。
勇気ある従業員は、当然これを拒否しました(拒否した従業員は解雇されました)。そんなことをすれば米連邦取引委員会(FTC)が黙っていないであろうからです。
そうした懸念を表明した従業員に対し、マスク氏は「心配には及ばない。(自分がCEOを務めている)Teslaはプライバシー問題について豊富な経験を持っている」と語ったそうですが。
Twitterは2009年に個人データ漏えい事件を起こし、FTCに大目玉をくらいました。2010年に和解した条件には包括的な情報セキュリティプログラムを構築・保守することが含まれていました。
FTCは5月に、和解に違反したとしてTwitterに1億5000万ドルの罰金支払いを命じています。
外部ライターにデータへのアクセスを許すのも、この和解条件に違反すると見なされそうです。
公開された#Twitter Filesには複数の社内DMのスクリーンショットが含まれていますが、Twitterの担当者はそれらはライターが直接見たのではなく、画像を渡しただけだと説明しました。
FTCは11月には、「Twitterの最近の動きに強い懸念」と表明しました。
●Twitterの私物化?
マスク氏は、命令に背く従業員を解雇するだけではなく、思い通りにならないツイートを続けるユーザーのアカウントの凍結もしました。
言論の自由を謳いつつ、自分の自家用ジェットの(ほぼ)リアルタイム位置情報をツイートするbot、@ElonJetとその製作者であるジャック・スウィーニー氏のアカウントを凍結したのです。
この凍結を正当化するために、Twitterは凍結後、プライバシーに関するポリシーを更新までしました。
その後、この件を記事にしたジャーナリスト数人のアカウントも凍結しましたが、こちらはほぼ解除されています。
このジャーナリストの凍結解除も、Twitter投票の結果に従って実施した形にはなっていますが、同氏のこれまでのTwitter投票の利用を見ると、先に結論ありきな気もします。
投票なしでいつの間にか変更されたポリシーもあります。MastodonなどのSNS上のアカウントをツイートすることを禁じることになった際は事前の投票はありませんでした。もっとも、そのポリシーを撤廃する際には投票が行われ、その後いつの間にかこのポリシーは消滅しました。
CEO辞めてもいい? という投票も、先に結論があったのでしょう。実際、11月の時点で「そのうちTwitterの運営者を見つけるつもりだ」と語ったと報じられています。
●Twitterが抱える4つの爆弾
Twitterがすぐに消滅することはないでしょうが、存続が心配になるような爆弾を幾つか抱えています。
○広告主が去り、完全に有料化する?
問題のあるツイートをチェックするチームがなくなった今、Twitterへの広告を控える企業が増えていると報じられています。Appleも一時期、広告を止めたようです。
マスク氏が「Appleが広告を出してくれなくなった!」とツイートした後、Appleのティム・クックCEOがマスク氏をApple本社キャンパスに招待し、Appleの広告は復活しました。
どんな話し合いがあったかは不明ですが、クック氏は今の段階では広告を継続する方がいいと判断したのでしょう。ただし、問題ツイートで決定的な事故が起これば、すぐにでも再停止するのではないでしょうか。
広告を出す企業が減れば、収益を上げる手段として有料化に向かう可能性があります。そうなれば、離れていくユーザーが増えるでしょう。
巷ではTwitterが有料になったらどこに移行する? などという調査も行われています。
○Twitterアプリのアプリストアからの締め出し
Appleが広告を出すのをやめたというツイートと同時に、マスク氏はAppleがTwitterアプリのアプリストア(App Store)から削除すると脅しているとツイートしています。
これも、Appleがプラットフォーム上の問題を懸念してのこと。Twitterで問題ツイート対処の手が回らなくなり、事故が起きたりすれば、Appleだけでなく、GoogleもアプリストアからTwitterアプリを削除するかもしれません。
アプリがなくてもWebブラウザで開けばTiwtterは使えますが、使い勝手は悪くなります。
○各国政府当局からの制裁
Twitterの動きに懸念を表明したのはFTCだけではありません。
欧州連合(EU)の欧州委員会のベラ・ヨウロバー委員(法務・消費者・男女平等担当)はジャーナリストのアカウントが凍結された際、懸念をツイートで表明しました。「イーロン・マスク氏は、メディアの自由と基本的権利の尊重を求めるEUのデジタルサービス法に注意する必要がある」という警告です。
ただでさえ広告収入が減っている中、高額な罰金を課されることの打撃は大きそうです。
○もう、やーめた
マスク氏は「CEOを引き受けるほど愚かな人を見つけたらすぐにCEOを退任する」と宣言しましたが、その宣言の時点ではソフトウェアとサーバのチーム運営に専念すると、実権は持ち続けるつもりであることを表明しています。
しかし、あまりにも思い通りにならず、状況が悪化していった場合、マスク氏がすべてから手を引く可能性もありそうです。
今や非上場企業なので中の様子は分かりにくいですが、元従業員や現従業員に取材したメディアの記事を見るに、かなり混沌としていることは確か。
この状態のTwitterを買い取ろうという企業(あるいは個人)がいるかどうか分かりませんが、どうしようもなくなったら二束三文ででも売り払うという道が残されています。
Tesla株の大暴落で資産はかなり減ったとはいえ、まだまだお金持ちなマスク氏。民主的タウンホール構築の夢は一旦置いて、他の夢(火星征服、超高速旅客機、自動運転車、脳埋め込みチップの実用化など)に集中することで気持ちを切り替えるのかもしれません。
Twitterを愛していたドーシー氏は現在はBlueskyやBitcoin、アフリカに関心が移っているのでTwitterを買う気にはならなそうです。
●伝記が楽しみ
2023年もマスク氏とTwitterから目が離せない状況が続きそうです。
故スティーブ・ジョブズ氏の公式伝記を書いたウォルター・アイザックソン氏が現在、マスク氏の伝記を書くために頻繁に同氏と行動をともにしています。
マスク氏がシンクを抱えてTwitterオフィスに乗り込んだ際も同行しました。
マスク氏に関する書籍はこれまでも多数出ていますが、ジョブズ氏も認めた伝記作家は、どんなマスク氏を描くのでしょう。今から楽しみです。