中国新興EVブランド蔚来汽車(NIO)を2014年に創業した李斌氏は、中国メーカーの多くがローエンド(低価格)市場を足場にするのを横目に、Teslaと同価格のハイエンドを照準にした。
中国の家電メーカーやスマホメーカーが先進国で苦戦するのを見て、「高級ブランドがローエンドに延伸するのは簡単だが、その逆は難しい」と考えたからだ。
14年当時はEV市場が小さく、ハイエンドとローエンドは明確に住み分けていたが、EVシフトが世界的な潮流となった23年は、壁が崩れつつある。NIOの李氏が見通したように、米Teslaが低価格EVの開発を公表する一方で、同社を猛追する中国BYDは高級ブランド参入を宣言した。
●Tesla一強体制、中国市場で陰り
Teslaは3月1日、低価格の小型EVを数年内に投入する計画を発表した。メキシコに車両組み立て工場を建設し、電池の自社生産を加速して生産コストの半減を目指す。
Teslaのイーロン・マスクCEOは20年に小型EVの発売計画を示唆したものの、その後、半導体不足などを受けて計画を中断していた。供給面の制約が一段落し、大衆市場への参入を再始動する。
同社の著名株主であるロス・ガーバー氏はTeslaの小型EVについて「生産コストを50%減らし、2万5000〜3万ドル(約340〜410万円)になる」「モデル3を小さくした大衆市場向けのEV」とツイートした。
EV業界のパイオニアとして一強体制を築いてきたTeslaは、ブランド力を背に小刻みに値上げを続けてきた。だが、22年の販売台数は同40.3%増の約131万台にとどまり、140万台の年初目標を達成できなかった。同年末の時価総額も21年秋から7割以上減った。
Teslaの22年の販売目標が未達に終わったのは、同社の世界販売の3分の1を占める中国市場の混乱が大きな要因だ。ゼロコロナ政策は生産や物流を麻痺させ、消費を低迷させた。
とはいえ、中国乗用車市場信息聯席会(中国自動車産業の業界団体)の試算によると、Teslaの22年の中国での販売台数が同37.1%増の43万9770台だった一方、中国で同年の新エネルギー車(EV、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)の3種)の市場は93.4%拡大しており、販売台数の伸び率でTeslaを上回った中国メーカーは少なくない。
Teslaの中国市場での勢いの陰りは、ゼロコロナ政策や景気減速だけでなく、EV市場の拡大とともにライバルが台頭したことが背景にある。
●マスク氏「中国企業がTeslaに次に来る」
マスクCEOは1月末開催の22年10〜12月期決算発表後にライバルについて聞かれ、「中国の自動車メーカーはハードでスマートな仕事をする。中国の会社がTeslaの次に来る可能性が最も高い」と答えた。
具体的な企業名こそ出さなかったが、「Teslaの次に来る中国企業」の最有力候補がBYDであるのは間違いない。BYDの22年の新エネ車(商用車を含まず)の販売台数は前年(59万4000台)の3倍を超える185万7000台に急拡大した。
そのうちEVは同2.84倍の91万1000台。EVだけで見るとTeslaの約131万台とはまだ差があるが、「Teslaに対抗し得る初めての挑戦者」と世間に認められるまでに成長した。
絶好調のBYDだが、ほんの2、3年前まで同社は「コスパが売りの低価格メーカー」だった。3年前の今頃は自動車事業が振るわず、医療用マスクの生産で稼いでいたほどだ。商用車でEVには早くから進出していたものの、実際は20年までガソリン車の生産がEVを上回っていた。
そこから本気のEVシフトに取り組み、22年3月にはガソリン車の生産を終了。昨年以降は海外進出も加速し、今年1月末には日本でも、e-SUV「ATTO 3(アットスリー)」を発売した。業界関係者は「BYDはどちらかといえばダサい印象だったのに、数年間で企業イメージががらっと変わった」と口をそろえる。
BYDがTeslaと肩を並べるメーカーになるために、海外進出と両輪で進めているのがハイエンドへの延伸だ。
昨年末に立ち上げを発表した高級ブランド「仰望」は車両価格80〜150万元(約1600万〜3000万円)のEVを展開し、トヨタ自動車のレクサスのように独立した販売・経営体制を予定している。さらに2月末、BYDが内部で「Fブランド」呼ぶ新ブランドの準備を始めていると現地メディアが報じた。FブランドもBYDから独立して運営され、「BBA」(BMW、Benz、Audiの頭文字)と同等の価格で従来のBYDとは全く違う革新的なEVを開発することを目指しているという。
●両社が目指すのはEV界のトヨタ?
10〜30万元(約200〜600万円)のミドルエンドで躍進したBYDは、たしかに新エネ車の販売台数で世界首位に立ち、「Teslaのライバル」と認知されるようになった。だが、ユニクロとルイ・ヴィトンが比較されることがないように、BYDとTeslaは、今のところ違う土俵で、違う顧客にEVを売っている。現時点ではBYDの現在の顧客は日本円にして1000万円超の高級車を検討しないだろう。
中国の消費マーケットでミドルエンドは淘汰されるリスクが高い市場でもある。ブランド力の高いハイエンド企業はどこかの時点でミドルエンド獲得に動き出すことが多く、高級でも激安でもないブランドは生き残りが難しい。BYDが高級ブランドを立ち上げるのは自然な流れではある。
Teslaは強いブランド力を基盤にボリュームゾーンをかっさらい、挑戦者を突き放そうと、車種を拡大する。説明会では開発中の小型EVをトヨタ自動車の「カローラ」と比較したと報じられた。薄利多売のビジネスモデルからようやく抜け出したBYDは、Teslaが今のセグメントにとどまっている数年のうちに、レクサスのような国を代表する高級ブランドを軌道に乗せたいところだ。
EV業界でのTeslaの一強体制は崩れつつあるが、同社が大衆車市場に本格参入し、200〜300万円のEVを展開すれば、次はガソリン車を含めた競争環境が一変する。Tesla、BYDともに目指したいのは、EVが普及した世界での“トヨタのような立ち位置”なのかもしれない。
●筆者:浦上 早苗
早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37。