労務管理SaaSのトッププレイヤー、SmartHRのARRが110億円に達しようとしている。3月14日に開催した事業戦略説明会で明かした。理想的なSaaSの成長速度といわれる「T2D3」──1年で3倍のARR成長を2年続け、その2倍の成長を3年続ける──を実現したSmartHR。

 2022年8月時点のARRは84.3億円だったが、「足元のARRは100億円突破、獲得契約ベースでは約110億円になっている」と芹澤雅人CEOは話した。いまだ成長率は50%超と高く、成長は陰りをみせていない。

●労務管理に続き、タレントマネジメントに注力

 同社の基幹事業である労務管理SaaSでは、伸びる市場のほぼ過半のシェアを握る。そしてこの領域を足場として、次の成長市場であるタレントマネジメント領域に注力しようという戦略だ。

 「労務業務を効率化するSaaSだというイメージが強いが、昨今はタレントマネジメントシステムとして進化している」と倉橋隆文COOは話す。

 実は、同社はタレントマネジメント機能を徐々に積み上げてきた。19年にデータの可視化機能、20年に従業員サーベイ機能、21年に人事評価機能の提供を開始し、23年には配置シミュレーション機能もローンチした。さらに23年中にはスキル管理機能も提供する計画だ。

 しかしタレントマネジメント領域は、上場企業も含めた数多くのSaaSがひしめき合う市場でもある。なぜSmartHRがここに注力するのか。

 「タレントマネジメント機能は導入のイニシャルコストが高い。社員情報などの膨大なデータを整備したり、社員ごとにアカウントを整備する必要がある。しかし、SmarHRで労務管理を行っている場合、すでにデータが貯まっていて、低コストでタレントマネジメント業務に入れる」と芹澤氏はSmartHRの強みを説明する。

 例えば、ある従業員がいつ入社していつ退職したのか、どのくらい残業したのかといったデータは、人材育成や管理の面で重要なデータだが、これを全社員分集めて入力するのは大変だ。ところがSmartHRを使っていれば、自然とデータが貯まっている。労務管理とタレントマネジメントは、実は相性がいいというのが同社の主張だ。

 実際に、SmartHRのタレントマネジメント機能は急速に顧客数が増加している。タレントマネジメント市場では、トップ5社のSaaSの導入企業数が1600〜3000社規模だが、すでにSmarHRの各サービスは導入が500社を超え、1000社に近づいている。「主要プレイヤーの社数に迫る勢いで、急速に伸びている」(倉橋氏)

 導入企業の中には、純粋にタレントマネジメント機能を比較した結果、SmartHRの仕組みを導入したり、既存のタレントマネジメントSaaSからの乗り換えも発生しているという。

 同社の顧客のうち21.7%がタレントマネジメント機能も利用しており、特に新規獲得顧客の利用が多い。収益への貢献も増加しており「ARRの数割はタレントマネジメントから上ってきている」(倉橋氏)状況だ。

●マルチプロダクト戦略

 これは労務管理SaaSとして急速な成長を遂げたSmartHRが、マルチプロダクトに本格的にかじを切ったということでもある。そのために、複数プロダクトが参照したり利用できる基盤として、従業員データベース、ID基盤、権限基盤、UIコンポーネントなどを整備してきた。

 Web中心だったところに、スマホアプリの開発も始めている。

 APIを通じてSmartHRにアクセスできる社外サービスを集めたアプリストアもリリースしており、「安否確認サービス」や「ストレスチェッカー」など現時点で17のアプリを提供中だ。

 さらには、外部機能を使ってSmartHRの基本機能を拡張できるプラグイン形式にも対応した。直近の通勤経路検索機能はNAVITIMEのAPIを使ってプラグインとして拡張したものだ。さらに、SaaSが苦手とする“個社カスタマイズ”のニーズにも、プラグインを使えば対応できるのではないかと想定している。

 直近でも50%を超えるARR成長率を持つ同社。労働管理SaaS市場も、クラウド化の浸透率は3.1%に過ぎず「まだ広大な市場が残っている」と芹澤氏はみる。そこに成長領域であるタレントマネジメント領域への注力で、同社の成長はまだまだ止まらなそうだ。