2022年以降、SaaS企業への投資環境が変わりつつある。株価が落ち込み、市況を指して「SaaSバブルは崩壊した」「SaaS冬の時代」とする声も少なくない。スタートアップへの影響も大きく、資金調達を果たしたものの、当初の想定より小規模にせざるを得ない企業も出ている。
一方で、そんな中でも大規模な調達に成功する企業もある。クラウド型の企業データベースを手掛けるBaseconnect(京都市)もその一社だ。同社は23年2月9日に、Zホールディングスのベンチャーキャピタル・Z Venture Capital(東京都千代田区)などから54億円を調達したことを発表した。
資金調達のキーパーソンだった中辻仁さん(財務責任者)は「自分としてはやり切ったので満足」と今回の調達を振り返る。同社が厳しい市況の中で資金調達に成功できた背景には、経営陣が講じた戦略があるという。中辻さんと國重侑輝CEOに詳細を聞いた。
●デットとエクイティのバランスがカギに Baseconnectの資金調達
Baseconnectは2017年に創業。クラウド型企業データベース「Musubu」を提供しており、累計導入社数は2023年2月時点で10万社以上という。サービスの強みは、500人規模のチームを組み、人力でデータを精査することで、掲載する情報の品質にこだわっている点という。
23年の調達では、Z Venture Capitalに加え、ユーザベース、エン・ジャパン、みずほ銀行、三菱UFJ銀行などから資金を集めた。調達に掛かった期間は2021年夏ごろから23年1月までの1年半程度。これにより、同社の累計調達額は82億円になった。
同社が今回の調達でこだわったのはデットファイナンス(資金の返済義務がある借り入れ型の方式)とエクイティファイナンス(原則として返済に期限がない、株式を発行して資金調達する方式)のバランスだ。
中辻さんによれば、金融商品の売買といった資本経済に左右されるエクイティに対し、デットは実体経済に左右されやすい傾向にあるという。つまり株式市場がSaaSバブルの様相を呈す中でも、実体経済への影響が少ない段階であれば、比較的安定した調達が可能なわけだ。
「過去の調達でもデットが多く、重要性を理解していた。エクイティでレバレッジをかけつつ、デットをやっていくのを強みにしたいと考えていた」と中辻さん。同社が今回集めた資金のうち、少なくとも15億円は三菱UFJ銀行などからの融資で調達したという。
しかもデットのうち、三菱UFJ銀行などによる融資は無担保無保証。返済は5年後という条件だ。中辻さんによればスタートアップが無担保無保証・長期与信で融資する例は珍しいという。
三菱UFJ銀行も、融資の発表当時「一般的にスタートアップは創業間もない企業が多く、事業実績も浅いため、資金の調達はエクイティを主として検討する。かかる中、Baseconnectのビジネスモデルを踏まえた強みや特性、株主との事業構築、将来に向けた事業計画について多面的に検証した結果、ローンの組成に至った」としている。
●「無担保無保証・長期与信」実現のワケ 経営層の分析は
今回のような条件が実現した背景にはいくつかの理由があるという。1つはBaseconnect側が当初からこの条件を目指し、それを崩さなかったことだ。「当初から基本的な方針を定め、自分たちはこの条件での融資しか必要ないと交渉していた。他のスタートアップだと、途中でブレて楽な方向に行ってしまうことがあるが、最後まで粘り強くやれた」と中辻さん。
もう1つがサービスそのものが持つ強みだ。三菱UFJ銀行は融資に関する発表の中で、Baseconnectの事業を「情報生成に時間とコストがかかるため参入障壁は高い」と評している。國重CEOも「ビジネスのコアはデータベースであり、SaaSではない。営業体制の分業や機能開発など、体系化されたノウハウでは、100万社の企業情報を作るのはすぐにはまねできない」と強調する。
一方で、エクイティは力を抜いていたわけではない。もともと事業会社との資本業務提携を視野に、調達前から事業作りを進めていたと中辻さん。「CVCだと事業ありきが当たり前。業務提携がシュアなものでないと、その次の資本提携には進めない。形のあるビジネスモデルを整えておいて、資金提携もお願いしますという流れ」(中辻さん)
●「ファイナンスは法人営業」 投資家とのコミュニケーション、要点は
投資家・金融機関とのコミュニケーションも調達を後押しした。投資家などへの説明に当たっては、相手が気になるであろう情報を先回りして話すことを心掛けたと中辻さん。「ファイナンスは法人営業。投資家にしろ金融機関にしろ『ぜひやりたい』という感覚になってもらわないといけない。お客さまに当たる相手が思っていることを先出しできるように意識した」(中辻さん)
例えばデットの相手に対しては、金融機関が重視するであろう(1)黒字化の蓋然性、(2) 返済原資、(3) 資金の使途、(4)財務安定性──の説明を重視。70ページに及ぶ資料を作成し、質問に先回りして答えられるようにしたという。
「投資家と金融機関が気にするポイントは違う。ファイナンスとひとまとめにして一緒の資料を作ればいい訳ではない。今回については、相手の気持ちになって説明できたのがよかった」(中辻さん)
「投資家と起業家は別の人種で、バックグラウンドが全然違う。使う言葉や思考回路も全部異なる。自分の事業をそのまま説明せず、向こうの持っている知識の範囲で説明することが大事」(國重CEO)
●ただし反省点も 「時間かけすぎた」
ただ、反省点もあると2人は振り返る。最も大きかったのは、資金調達に時間をかけすぎた点だ。リード投資家(株主間契約の取りまとめなども担う最大の貸し手)を広く探しすぎたことから、SaaSバブル崩壊のタイミングにぶち当たってしまったという。
「一概に悪かったともいえないが、時間がかかった結果、調達の環境が悪いタイミングに入ってしまったことを考えると、もっと早く判断できれば削減できた」(國重CEO)
Baseconnectは今後、調達した資金を活用し、新規事業の模索や経営人材の採用を強化する予定だ。「われわれはやりたいことの0.1%もできていない状況。データ・プロダクトを作るにもお金がかかるし、顧客を獲得するにもSaaS型なので先にお金が出ていく。現在はビジネスモデルをしっかり作っていくフェーズなので、プロダクトを進化させつつ、新規事業へのチャレンジや、経営人材の採用をやっていきたい」(國重CEO)
【訂正:2023年3月20日】当初、中辻仁さんの役職をCFOとしておりましたが、正しくは財務責任者だったので訂正しました。