中国IT企業のバイドゥ(百度、baidu)が16日、テキストや画像を生成する人工知能(AI)「文心一言」(ERNIE Bot)を発表した。

 米OpenAIが直前にリリースした大規模言語モデル(LLM)最新バージョンの「GPT-4」に比べると完成度が低いものの、中国国内では現時点で文心一言の明確な競合が存在せず、産業界の期待は高い。

 バイドゥによると既に650社が文心一言との協業を表明したという。

●5年半ぶりにCEOが登壇

 「我々は2010年に自然言語処理部署を設立し、AIへの投資を続けてきた」

 バイドゥの李彦宏(ロビン・リー)CEOは、文心一言プロジェクトの総指揮を執った王海峰CTOと共に発表会に出席し、力強く語った。自社の新プロジェクト発表会に李CEOが顔を見せるのは、17年夏の自動運転車開発プロジェクト「アポロ」以来5年半ぶりだ。

 李CEOによると文心一言は「兆」レベルのWebページのデータ、数十億の検索データと画像データ、100億レベルの音声データ、5500億の知識グラフを学習したという。

 発表会では小説の要約などの「文学創作」、会社の名前やスローガンを提案する「商業コピー」、「数理推算」「中国語理解」「画像の生成」の5機能がデモンストレーションされた。

 李CEOは同社の大規模言語モデルの産業への応用として、以下の3点を挙げる。

 1つ目はクラウドコンピューティングサービスの変革だ。バイドゥはスマートクラウドを通じて外部に文心一言のサービスを提供する。「演算力、ストレージなどの基礎的要素で事業者を選ぶ時代から、フレームワーク、モデルの良し悪しを重視する時代に変わる」と李CEOは述べた。

 2つ目は、業界向けに最適化したモデルを提供することで、業務効率化を図る。農業、工業、金融、教育、医療、交通、エネルギーなどを重点領域に据える。

 3つ目は、大規模言語モデルの「ベース」となるサービスの提供だ。大規模言語モデルを1から構築できる企業は限られており、かつ何年もかかる。バイドゥは汎用性の高いモデルをスタートアップなどに提供し、プロダクトの開発を支援する。生成コンテンツにおける“iOSやAndroidOS的な立ち位置”を目指しているようだ。

 文心一言は16日以降招待制で少数ユーザー向けにテスト運用を開始し、16日は約60万人が利用申請したという。

 そして20日には企業顧客向けのクラウドサービスを27日にリリースすると発表した。

●AIを第二創業の軸に位置づけ

 米国のGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に対抗する存在として、中国には「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)という企業群がある。バイドゥは3社の中で最初に台頭し、00年代には時価総額で中国トップに立った。筆者が中国から帰国した16年時点で、同社は日本人の間で最も有名な中国IT企業という印象を受けた。

 だが、実際にはその頃のバイドゥはスマホ時代への対応が遅れて「BATの落ちこぼれ」と見なされており、ポータルサイトもステマや虚偽広告のあふれる「使いたくないが、他の手段がないので使わざるを得ないポータル」という評価だった。同年には虚偽広告を巡る不祥事が発生し、行政処分を受けた。

 バイドゥは不祥事をきっかけに、AIを第二創業的な事業と位置づけ、検索ポータルからの転換を加速した。その方向性を表明したのが17年のアポロプロジェクト発表会であり、文心一言はそれに続く大きなステップとなる。

 一方で、22年時点でバイドゥの売上高に占める広告収入は60.4%と依然として高い。文心一言の開発は19年に始まり、今のプロダクトは第3世代だが、バイドゥはライバルのアリババ、テンセントが政府の規制によって伸び悩み、かつChatGPTで世界中が盛り上がっているこのタイミングを逃したくないと強く思っているようだ。

 李CEOは22年12月以降、社内でChatGPTや生成AIについて活発に発言し、「中国版ChatGPT」の開発を巡る競争がクローズアップされると、2月7日に「3月中に文心一言をリリースする」と発表した。その裏でプロジェクトに関わるエンジニアたちは、「何としても3月に間に合わせろ」と強いプレッシャーを受けていたとされる。

●OpenAIとは差があるが……

 バイドゥの“秘蔵っ子”でもある文心一言だが、発表会後の短い間に株価は10%以上下落した。

 同社にとって不運だったのは、その直前にOpenAIが前バージョンのGPT-3.5より大幅に性能を上げ、司法試験にも合格できるレベルの「GPT-4」を発表したことだ。

 GPT-4の発表は事前に情報が流れておらず、大きなサプライズだった。対して文心一言の発表会はデモが行われ、未来予想図が語られたにとどまり、よくも悪くも“想定内”だった。

 中国の大規模言語モデルへの取り組みがオープンAIより数年単位で遅れていることは専門家の共通認識ではあるが、発表会で李CEOが「ChatGPT、GPT-4をベンチマークにしている」とライバルの名前を出しながらも、文心一言について「たまに素晴らしい回答をするが、明らかなバグもある」などとその差を認めたこと。中国語の深層学習に特化しているため、英語の学習は進んでいないことなどから、市場ではChatGPT、GPT-4に劣るとの失望が広がった。実際、中国のテック系メディアは翌日、GPT-4と比較した記事を多く出していた。

 とはいえ、バイドゥの株価は1月末からChatGPTバブルに乗って10%以上上昇しており、文心一言の発表で一旦「材料出尽くし」となった面もある。その後の株価は再び上昇基調にある。

 中国では「中国版ChatGPT」の開発競争が加速しているが、検索ポータルの運営を本業とする同社は、データ蓄積でも検索サービスへの応用でも優位性がある。また、李CEOが発表会でも言及したように、同社はAIチップ「クンルン(崑崙)」を生産し、深層学習プラットフォーム「PaddlePaddle」を運用し、さらにクラウド、自動運転のような活用できる事業も手掛ける。

 リリース前から既に650社が協業を表明していることからも、少なくとも中国ではバイドゥが中国版OpenAIに最も近い位置にあると評価されているのが分かる。

 ある中国IT企業の技術幹部は、「中国が米国のサービスをブロックしている以上、バイドゥは守られた環境で成長できる。同社だけでなく、半導体やクラウドなど周辺産業にとっても大きな機会」と語った。

●筆者:浦上 早苗

早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育などを行う。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。帰国して日本語教師と通訳案内士の資格も取得。最新刊は、「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。twitter:sanadi37。