その日、僕は調子に乗っていた。日本で一番日照時間が短い県で育ったせいか、雲一つない青空を見ると興奮するたちである。しかも秋、湿度も温度も申し分なく快適だった。

●気分が最高だった

 こういうときに仕事が入ると、普段はしないようなミスを起こしやすい。この日はまさにそれだった。

 撮影は最新のグラフィックスカードで、PC雑誌の広告用でのカットだった。僕はスタジオに入ると、デザイナーと軽く打ち合わせをして撮影に入った。

 この時代のグラフィックスカードはファンやヒートシンクに覆われておらず、基盤がむき出しの物が多かった。ただの平らな電子基板である。これをレンズから45度の角度に固定して、広角レンズで最短撮影距離まで寄る。

 あり得ないほどパースを付けた写真の完成である。まるでカードが画面から飛び出してくるような絵だ。今なら写真データをPhotoshopでいじってやるのだろうけれど、フィルムの時代はこんな面倒なことをしていたのである。

 これだけ寄ると当然ピントが浅くなる。被写体がボケてしまってはどうしようもない。しかしこのとき僕が使っていたカメラは富士フイルムのGX680というカメラで、レンズ面をシフトできる機種だった。グラフィックスカードの表面にそってレンズをティルトしていく。ピントは全面にきた。

 かっちりと仕上がった写真に僕は満足した。しかし、ここでまた余計なことを考えるのである。調子に乗っていたから。

 僕は、デザイナーに別の斬新なライティングを提案した。それは今で言うとWindows 10のデフォルト壁紙のような感じだった。グラフィックスカードの裏側から強い光を当て、小さな半田の穴から光が漏れてくるような、シルエットを強調した写真だ。

 デザイナーと盛り上がって撮影していると、クライアントが打ち合わせを終えてスタジオにやってきた。

 僕は意気揚々とポラを見せた、いいでしょう? と。

 クライアントの反応は「何これ、グラフィックスのチップが暗くて見えないじゃない」

 瞬殺であった。

●金属が教えてくれる

 うなだれて帰る途中、僕は歌舞伎町にあるアウトドアショップに寄った。この下がった気分を上げるためには、どうしてもこの金属が必要だった。

 それがレザーマンのクランチだ。これはマルチツールの中でもロッキングプライヤーをメインにした珍しい物である。

 普通に考えて、ペンチならまだしも、このただ押さえつけ、固定するロッキングプライヤーを携帯する人などいるのだろうか。でもクランチはそこに存在し、鈍い光を放っている。

 この完成するまでのギミックがすごい。ただの直方体だった物が2つに割れ、中からプライヤー部分が鎌首を持ち上げる。そこに反対側のグリップが正確にジョイントし、ロッキングプライヤーが完成する。

 ここまでオリジナルなマルチツールはない。

 クランチは「今日のライティングは悪くなかったよ、オリジナルであることは良いことなんだ」と僕を慰めているような気がした。