レノボ・ジャパンのノートPC「ThinkPad(シンクパッド)」は、2022年でブランドの誕生から30周年を迎えた。事実上の初号機である「ThinkPad 700C(PS/55note C52 486SLC)」以来、ThinkPadは一部のモデルを除き日本の開発拠点が主導して開発されてきた。事実上「日本生まれの世界ブランド」ともいえる。

 ビジネスツールとして“変わらず、変わってきた”ThinkPadだが、2022年モデルはどのような進化を遂げたのだろうか。ThinkPadの開発をリードする同社の大和研究所(横浜市西区)の担当者が説明した。

●「挑戦」と「ユーザーの声」で時代に合わせて進化してきたThinkPad

 先述の通り、ThinkPadはビジネス向けのノートPCである。一時的に「ThinkPad i Series」のようなコンシューマー向けシリーズも派生したものの、あくまでメインストリームはビジネス向けである。

 大和研究所の責任者を務めるレノボ・ジャパンの塚本泰通常務は、ThinkPadの30年の歩みを「お客さまの成功のため、世界のために挑戦を続けてきた」と振り返る。その表れが、ThinkPadが打ち立てた複数の「世界初」や「業界初」である。

 「光学ドライブ」「セキュリティチップ」「指紋センサー」を搭載した初めてのノートPCはThinkPadだった。「2画面ノートPC」や「フォルダブル(画面を折りたためる)タブレットPC」といった実用性のある“キワモノ”をリリースしたのも、ThinkPadだった。

 外観から受ける保守的な印象とは裏腹に、新技術を積極的に取り入れる――ある意味で、これがThinkPadの醍醐味(だいごみ)なのである。

 新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、ここ数年の社会には非連続的な変化が生じている。業種や職務内容にもよるが、特に“働き方”の変化は大きいものがある。働き方改革の一環として少しずつ導入が進んでいた「テレワーク」(在宅勤務やサテライトオフィス勤務)はコロナ禍で急速に普及し、オフィス勤務と組み合わせる「ハイブリッドワーク」も珍しい光景ではなくなった。

 塚本常務は「今は従来型の働き方からハイブリッドワークへの移行の過渡期にある」とした上で、PCも「ドキュメント作成デバイス」としての役割だけでなく「コミュニケーションデバイス」としての役割を期待されるようになったと語る。その影響で、5Gを始めとするモバイル通信への対応ニーズも高まっているようだ。

 2022年のThinkPadは、このような時勢を踏まえた機能の強化や新機能の搭載を行っているという。

 加えて、昨今では「サステナビリティー(持続可能性)」に関する取り組みを強化する企業が増えている。製品の購入行動にサステナビリティーを絡める動きも珍しくなくなった。

 これはレノボも例外ではなく、グループとして2050年までにネットゼロエミッション(二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすること)を目指している。それを実現するために、2030年3月までの目標値を定めてさまざまな取り組みを進めているという。

 「地球に貢献」すべく、ThinkPadのメイン開発拠点である大和研究所でも環境に配慮した製品につながる研究/開発に力を入れているという。

●キレイなカメラを選べる「ThinkPad X1 Carbon Gen 10」

 先述の通り、コロナ禍によってPCに「コミュニケーションデバイス」としての役割を求めるニーズが高まっている。具体的にはWebカメラの画質向上、マイクやスピーカーの音質向上、自動ミュート機能や消費電力の改善など使い勝手の向上が求められるようになった。大和研究所でシステムデザイン戦略を担当する楊学雍氏(アドバイザリーエンジニア)の言葉を借りれば「リアルと同じように表情や感情を伝えたい」と思う人が増えているのだ。

 ThinkPadでは、この観点に立った機能強化を2021年モデルから行っている。2022年モデルでは取り組みをさらに強化し、ほぼ全モデルでフルHD(1920×1080ピクセル)撮影に対応するWebカメラを選択できるようになった。

 ThinkPadのフラグシップモデルの1つ「ThinkPad X1 Carbon Gen 10」では、先代(Gen 9)では選べなかったフルHDカメラを搭載できるようになった。それだけではなく、MIPI(Mobile Industry Processor Interface)でCPU(※1)と“直結”するカメラも選べるようになった。

(※1)厳密にはCPU内にあるIPU(Imaging Processing Unit)

 従来モデルでは、WebカメラをUSB接続している。「USB接続じゃダメなの?」と思うかもしれないが、楊氏によるとUSB接続のカメラはモジュール内にあるISP(Imaging Signal Processor)でデータを圧縮して伝送するため、どうしても画質の劣化が発生してしまうのだという。それに対して、MIPI接続のカメラはカメラモジュールからの“非圧縮データ”を受け取れるため、画質を大きく改善しやすいとのことだ。

 ただ、カメラモジュールの生データを受け取るということは、やりとりする信号線も多くなる。従来のUSB接続カメラでは、液晶パネルの裏からヒンジを経由してマザーボードまでケーブルを取り回していたが、ヒンジのサイズやCPUまでの距離を考えると、MIPIケーブルを直接取り回すことは困難だ。

 そこで大和研究所では、先行開発としてMIPI規格の信号をヒンジに通す方法を検討した。その結果、カメラからのケーブルの途中にFPGA基板を挟み込み、別の信号線と“合流”させることで狭いヒンジにケーブルを通すことができた。

 「MIPI接続なら画質を改善しやすい」とはいうものの、単純に載せるだけでは満足できる画質の実現は難しい。そこでMIPI接続のカメラでは、モジュール自体に以下の改善を加えたという。

・RGBカメラ(撮影用)と赤外線カメラ(顔認証用)の分離

・レンズのF値を2.0に(従来よりも明るく)

 さらに、CPUの開発元であるIntelのイメージングチームと共に半年以上をかけて画質の調整を行ったという。かなりの力の入れようである。

 なお、X1 Carbon Gen 10で使われるカメラモジュールは「ThinkPad X1 Yoga Gen 7」や「ThinkPad X1 Nano Gen 2」と共通化されている。これにより、コストの削減を図ったようだ。

 X1 Carbon/X1 Yoga/X1 Nanoでは、2021年モデルから電波を使った人感センサー「コンピュータービジョン」をオプションで搭載できる。それは2022年モデルも同様なのだが、以下の機能強化が図られている。

・人感センサー機能のアップデート

・マスクを着用した状態でも反応するようになった

・一方、単純な人の通過は検出しないようになった

顔の動きを追跡可能に

・画面を注視していないと判断すると自動的に画面輝度を落とせる

「プライバシーアラート」のアップデート

・バッテリー駆動中も利用可能に(消費電力の削減によって実現)

 この機能改善に当たっては、400万人以上の画像を使ったデータの学習や、誤判定を極力少なくするためのチューニングなどかなりの労力を割いたようだ。

●「ThinkPad X13s Gen 1」はなぜSnapdragonを搭載したのか?

 2022年モデルのThinkPadでは、13型の「ThinkPad X13s Gen 1」も大きな注目を集めた。従来の「s」を付くモデルは通常モデルに対する薄型(軽量)構成を意味しており、確かに同世代の「ThinkPad X13 Gen 3」と比べると薄くて軽いモデルではある。

 しかし、このX13s Gen 1はX13 Gen 3とは全く異なるモデル。QualcommのSoC(System On a Chip)「Snapdragon 8cx Gen 3」を搭載しているのだ。初めてWindows on Armを採用したThinkPadでもある(※2)。

(※2)ArmベースのSoCという観点では、過去にAndroidを搭載した「ThinkPad Tablet」がリリースされている

 なぜ、Windows on Armを採用したのか。大和研究所のThinkPadプロダクトグループでCoC Japan マネージャーを務める園田奈央氏は、ハイブリッドワーク時代に求められる「次の当たり前」を実現する上でSnapdragon(Armプロセッサ)の採用は必要だったと語る。

 先に塚本常務が触れたように、ハイブリッドワークが普及する昨今では、ノートPCを持って職場と会社を行き来するのはもちろんのこと、サテライトオフィスやレンタルオフィスを含む出先でノートPCを使う機会も多くなる。常にコンセントのある場所で作業できるとも限らないので、より長いバッテリー駆動時間の確保が必要となる。

 そしてクラウドサーバ、あるいはVPN経由で社内サーバにある仕事のデータをダウンロードをするためにはインターネット接続が必要となる。Wi-Fi(無線LAN)が常にどこにでもあるとは限らないので、できればモバイル通信で場所や時間を問わずにデータのやりとりができると望ましい。持ち運んで使うとなると、持ち運びやすさも重要である。

 バッテリー駆動時間、常にモバイル通信できる環境、持ち運びやすさを全てかなえるとなると、Snapdragonの採用が最適と判断したようだ。

 ただ、ThinkPadはビジネス向けノートPCである。企業の管理者目線に立つと、今までのセキュリティソリューションや管理機能の利用可否や導入を進めてきたPC周辺機器との互換性は気になる所である。そこでレノボでは、SoCのサプライヤーであるQualcommや、OSのベンダーであるMicrosoftと密に連携を取ることで“従来の”ThinkPadと同じ使い勝手を実現できるように取り組んできたという。

 ThinkPad X13sの開発に当たって、まず従来のThinkPadにおいて継承されてきた200を超える機能を「棚卸し」し、搭載する機能の優先順位を定めた。製品企画担当だけではなく、品質担保チームやサポートチームも巻き込んで、かなりの労力を割いて検討を行ったという。

 その後、社内で検討した優先順位をもとに、Qualcommと要件のすり合わせを行った。さまざまなリスクを並べた上で「何ができて、何ができないのか」を検討し、それを踏まえてプロトタイプ(試作機)を作成した上で、実際の仕様を確定していったそうだ。

 だが、仕様の確定後も、その評価について「壁」にぶつかったという。従来とアーキテクチャが異なるので、今までと同じツールを利用できない部分が発生したのだ。この点は、QualcommやMicrosoftと協議をしつつ解決していったという。

 アプリの互換性については、Windows 11 on Armを利用して自社でテストを行った所、x86(32bit)/x64(64bit)エミュレーションを含めて80%を超えるアプリが正常に動作したという。MicrosoftやQualcommを含むパートナー企業と検証結果を共有することで、互換性をさらに高める取り組みも行っているという。

 Snapdragonを含めて、ArmアーキテクチャのCPUは処理パフォーマンスを重視した「bigコア」と、消費電力の低減を重視した「LITTLEコア」の2種類を併載する「big.LITTLE」という構造を取っている。これがArmアーキテクチャのCPU(SoC)の電力効率が高い秘密……なのだが、高負荷な処理が意外と多いPCでは、bigコアが思った以上に働いてしまい、バッテリー駆動時間が短くなってしまうことがある。

 そこでレノボは、ThinkPad X13s Gen 1において電源設定のチューニングを行っている。具体的には、通常はbigコアを用いる中負荷の作業をLITTLEコアで行うように設定しているという。これにより、消費電力をより低減できたそうだ。

 最近のIntel/AMDプロセッサを搭載するThinkPadでは、膝の上で使っていることを検知すると自動的にパフォーマンスを抑える設定も行える。これはThinkPad X13sにも“移植”されており、電源設定を「最適なパフォーマンス」にしている場合でも膝上利用を認識するとパフォーマンスが抑制され、発熱による不快さを軽減してくれる。

●次の30年を見据えた「ThinkPad Zシリーズ」

 2022年モデルのThinkPadでは、新たに登場した「ThinkPad Zシリーズ」も注目を集めている。

 ThinkPad Zシリーズは、2005年に“新生”ThinkPadの第1弾として生まれた。今までのThinkPadには無かったワイドディスプレイを搭載したことが特徴だったが、他のシリーズもワイドディスプレイに移行したこともあり、2006年に登場した「ThinkPad Z61シリーズ」をもって終息してしまった。

 大和研究所で第一先進ノートブック開発を担当する渡邉大輔氏(シニアマネージャー)によると、約16年の時を経て“復活”したThinkPad Zシリーズは「(30周年を迎えた)ThinkPadの次の30年を見据えた新シリーズ」だという。

 いわゆる「Z世代」をメインのターゲットに据え、今までThinkPadに触れたことのない人を強く意識した一方で、今までのThinkPadが培ってきた核心的な価値を盛り込んだ意欲作といえる。ボディーフレームはアルミニウム素材で、その75%はリサイクル素材となっている。パッケージもリサイクル可能な素材を採用しており、まさしくターゲットユーザーに“ドンピシャ”である。

 デザイン面では、意匠設計(デザイン)チームが長年追い求めていた「シンプルかつ正直な形状」を可能な限り忠実に実現したという。従来のThinkPadのデザインから少し距離を置いて、面を最大限に活用して機能を無駄なく実装する一方で、直線を多用しつつ“実際に”薄いボディーとなるように設計したそうだ。特に13型「ThinkPad Z13 Gen 1」は、その考え方を色濃く反映している。

 「ThinkPadの常識は、他のノートPCの非常識」ともいえるのが、ポインティングデバイスである。

 ごく初期の一部モデルを除いて、ThinkPadには「TrackPoint(トラックポイント)」というスティック型のポインティングデバイスが搭載されている。他社でも主に海外でスティック型ポインティングデバイスを搭載するノートPCを用意しているが、ここまで広く展開しているのはThinkPadだけである。

 しかし“ThinkPadだけ”ということは、多くのユーザーにとってTrackPointはなじみが薄い。実際、ThinkPadを見て「キーボードの赤い点、これは何?」と聞いてくる人も少なくない。そもそもポインティングデバイスとして認知されていないのである。

 ではノートPCユーザーの多くは何を使うのか。タッチパッドだ。ThinkPadでも、IBM時代の2003年に登場した「ThinkPad T30」からTrackPointに併設する形でタッチパッドが搭載されるようになった(当時はこの併載を「UltraNav(ウルトラナビ)」と呼んでいた)。当時は「ThinkPadがThinkPadでなくなった!」と大騒ぎするユーザーがいたが、タッチパッドとTrackPointの併載は定着し、現在に至っている。

 話が横道にそれそうになったが、先述の通り、新しいThinkPad ZシリーズはThinkPadになじみのないユーザーを強く意識している。そのため、まずはタッチパッドの使い勝手の向上に注力している。具体的な改善項目は以下の通りだ。

・タッチパッドの横幅を120mmまで拡大

・パッド部分に指滑りの良いガラス素材を採用

・独立したTrackPointボタンを廃止し、普段はタッチパッドの一部として運用可能に

 このタッチパッドは感圧式となっており、クリック感は感触フィードバックで再現される。実際に操作をしてみると、最初は「あれ?」と違和感を覚えるが、慣れてくると普通に操作できるようになる。

 「伝統のTrackPointを軽視してるのか!」と思ってしまう人もいるかもしれないが、TrackPointにも改善を加え、“新しい意味”を持たせている。

 専用ボタンが無い点については、パッドの上部をクリック/スクロールボタンとして代用可能だ。こう聞くと、クリックボタンを全廃した2014年モデルを思い出してしまうが、ユーザーの“使い方”を徹底的に分析し、違和感を極小化するチューニングを施したという。過去のように、違和感をいつまでも拭えないということはなさそうである。

 TrackPointの“新しい意味”を検討する際には、Z世代に近い開発メンバーに機能提案をしてもらい、それをもとに検討を進めた結果、Web(ビデオ)会議の利用時に便利な「Communication Quick Menu」が搭載されることになった。

 このメニューを入り口として、TrackPointの便利さに気付いてもらえたらと渡邉氏は語る。

 ThinkPadでは「ThinkShutter」という物理的なWebカメラシャッターが搭載されてきたが、新しいZシリーズではThinkPadとしては初めて「電子式プライバシーシャッター」を搭載した。これにより、見た目のシンプル化を果たしている。

 ただ、電子式プライバシーシャッターはカメラが“ふさがれない”ので、プライバシー面で不安を覚える人がいることも事実である。そこで大和研究所では、ISPが電源を切った後、ISP自身がダミーの映像を出力するという形でセキュリティを担保している。

 新しいThinkPad Zシリーズは、ThinkPadとしては初めてAMDプロセッサに最適化された設計を取っている。そのこともあり、特に放熱設計には力を入れたという。

 ThinkPad Z13 Gen 1では、同モデル専用のAPU「Ryzen 7 PRO 6860Z」を搭載できる。これは「Ryzen PRO 6000シリーズ」のUプロセッサの最上位「Ryzen 7 PRO 6850U」(2.7GHz〜4.7GHz、8コア16スレッド、20MBキャッシュ)のパワーアップモデルで、少しだけ最大クロックが引き上げられているという(詳細は公開されていない)。放熱機構には液体を封入した「ベイパーチャンバー」を採用しており、低負荷時にはファンをオフにしてファンレスで稼働できるという。

 一方、Ryzen PRO 6000シリーズのHプロセッサを備える16型の「ThinkPad Z16 Gen 1」には、クリエイターの利用を想定して「Radeon RX 6500M」を搭載する構成も用意されている。Radeon RX 6500M付きの構成は、CPUとGPUが連携して放熱性能を最適化する「AMD Smartshift Technology」に対応している。

 Z世代を強く意識したThinkPad Zシリーズは、ThinkPadの革新性を強めに打ち出した面もある。ThinkPadユーザーの増加につながるかどうか、特に注目したい。