2017.8.9二つの被爆地を称して「怒りの広島、祈りの長崎」と言い表されることがある。世界に類例のない過酷体験への両地方のスタンスを示唆するフレーズは、代表的文学作品のイメージが影響しているのだろう▼「にんげんをかえせ」と訴えた広島の詩人峠三吉の原爆詩集は被爆者の怒り。一方、長崎では医師を本業とするキリスト教徒の永井隆が、原爆症と闘いつつ「長崎の鐘」など数々の著作で恒久平和と隣人愛を説いた▼長崎の爆心地はカトリック教徒が集まる浦上に近く、信徒1万2千人中、8500人の命が一瞬で散った。地域に戦中のキリシタン差別の意識が残る中で「天罰だ」との流言が飛び交い、信者らを苦しめた▼永井は終戦の年の秋の合同ミサで信徒代表として読み上げた弔辞で「原爆は神の摂理」であり、浦上は「選ばれて燔祭(はんさい)に供された」と述べた。燔祭は神にいけにえを供する儀式。これが永井の評価を複雑にしている▼その宗教的解釈が日本の戦争責任と米国の原爆投下を免責したとの論。「原爆天罰論」に絶望する信徒への純粋な励ましであり政治的文脈で批判するべきではないとする論。「祈り」は壮絶な葛藤でもある▼東日本大震災を、「天罰」と言い放った政治家がいた。平和利用のはずの原子力が、再び三度住民を苦しめる現実。絶望感がよみがえる72年目の夏。