1872(明治5)年創業の餅販売丸竹本舗、丸竹茶屋(いずれも玉置(たまおき)利夫社長)=盛岡市上ノ橋町=は今月末、後継者難を理由に閉店する。黒蜜ときな粉をかけた「あべ川餅」などを創業当時に考案し、昔ながらの味が市民らに親しまれる一方、近年は餅離れが進み、今後の経営を見据えた苦渋の決断。惜しまれながら145年の歴史に幕を下ろす。  6代目の玉置社長(93)は昨年、心身の衰えを感じ今年に入り体力が低下。後継ぎがない中、玉置社長を含む従業員12人全員が60歳以上で、新商品開発などが厳しくなっていた。1997年ごろをピークに、ホテルから赤飯受注が落ち込んだ影響も大きかった。  最初に店を構えた同市内丸と初代の大平竹松の名前を取って「丸竹」とのれんを掲げ、毎日きねつきで作るのし餅や赤飯などが親しまれてきた。  玉置社長によると、現在の店舗は明治以前の建築で55年に移った。閉店後は店舗を取り壊して駐車場にする予定。「お世話になったお客さまには申し訳ない。昔はお祝い事なら餅と赤飯だったが、時代が変わってしまった。それでも全国に誇れる味を提供してきた」と胸を張って閉店まで全力を注ぐ。