宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#4」

2020年1月20-26日

【まとめ】

・施政方針演説、中国が台頭等の新時代に、より現実的な外交を推進。

・韓国を「最も重要な隣国」と表現するも日韓関係の進展難しい。

・日露関係は米露関係が改善の影響を大きく受ける。

 

20日から通常国会が始まり、安倍首相が恒例の施政方針演説を行った。今回は初めての試みとして、この演説のうち「六 外交・安全保障」部分を取り上げ、特に重要と思われるパラグラフにつきコメントしたい。まずは(積極的平和主義)なる部分から始めよう。【】内は筆者の勝手な見立てである。

 

・・・オリンピック・パラリンピックが開催される本年、我が国は、積極的平和主義の旗の下、戦後外交を総決算し、新しい時代の日本外交を確立する。その正念場となる一年であります。

【世の中に「消極的」平和主義なんてあるのか寡聞にして知らないが、恐らくは戦後の一時期に「革新勢力」なる一部人々が弄んだ非武装中立などの「空想的」平和主義を総決算し、中国が台頭し北朝鮮が核武装するという「新たな(地政学的戦略環境の)時代」に、より現実的な外交を推進したいということだろう。】

 

・・・日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との諸問題を解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化を目指します。何よりも重要な拉致問題の解決に向けて、条件を付けずに、私自身が金正恩委員長と向き合う決意です。

【米朝関係が決裂しないと日朝は動かない。金正恩はスライマーニ司令官の「戦死」にビビっているのか。ここでは「条件」を付けずに、というのが肝だろうが、この表現は従来から使われており、特に目新しい点はないが、今年は何かが動く気もする。】

▲写真 スライマーニ司令官(左)  出典)Khamenei.ir

・・・韓国は、元来、基本的価値と戦略的利益を共有する最も重要な隣国であります。であればこそ、国と国との約束を守り、未来志向の両国関係を築き上げることを、切に期待いたします。

【「最も重要な隣国」なる表現は久し振りだと思うが、「元来」という言葉に万感の思いが込められているのではないか。これを韓国側がどう受け止めるかが気になるが、4月の韓国議会選挙を考えれば、日韓関係の進展は難しいのではないか。】

 

・・・(日露)一九五六年宣言を基礎として交渉を加速させ、領土問題を解決して、平和条約を締結する。この方針に、全く揺らぎはありません。私と大統領の手で、成し遂げる決意です。

【日本の方針に揺らぎがないということは、日露関係に新たな動きもなさそうだということ。米露関係が改善しない限り、中露間の(戦略的同盟には至らない)戦術的パートナーシップは強化されるので、日露関係は動きにくい。残念ながら、これが現実なのだろう。】

 

・・・日本と中国は、地域と世界の平和と繁栄に、共に大きな責任を有しています。その責任をしっかり果たすとの意志を明確に示していくことが・・・国際社会から強く求められています。首脳間の往来に加え、あらゆる分野での交流を深め、広げることで、新時代の成熟した日中関係を構築してまいります。

【中国は平和と繁栄への責任を痛感すべきだが、習近平国賓訪問は予定通りやるということか。ここでも特に目新しい点は見られないが、日中関係は米中関係の従属変数であり、今後も中国が日本に対して戦略的譲歩をすることはない。今日本は対中関係を最大限、戦術的に改善する時である。】

 

(安全保障政策)

・・・いかなる事態にあっても、我が国の領土、領海、領空は必ずや守り抜く。安全保障政策の根幹は、我が国自身の努力に他なりません。「宇宙作戦隊」創設・・・更には、サイバー、電磁波といった新領域における優位性を確保するため、その能力と体制を抜本的に強化してまいります。

【尖閣などはまず日本が守り、必要なら戦う気だろう。「在日米軍さん、お先へどうぞ」と言った時点で同盟は崩壊する。新領域で日本の優位を確保するという表現もかなり踏み込んでいる、本気でやれば相当の金がかかるのだが・・・】

 

・・・日米同盟は、今、かつてなく強固なものとなっています。・・・日米同盟の強固な基盤の上に、欧州、インド、豪州、ASEANなど、基本的価値を共有する国々と共に、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指します。

【一部邦字紙は「首相、施政方針で『台湾』に言及 異例の演説、どよめきと5秒間の拍手も」などと報じていたが、台湾への言及は安保政策部分ではなく、東北の復興に言及した部分で、「オリンピック・パラリンピックに際し、・・・岩手県野田村が台湾・・・の人々との交流を深めます」と述べただけではなかったのか。「異例」「どよめき」とは意味不明のヘッドラインだ。】

 

懐かしい。筆者が外務省に入省した頃、施政方針演説といえば、各省庁から「これを入れて欲しい、あれを入れろ」といった無数の要望があり、省内や省庁間の調整が大変だった記憶がある。ところが今は原案を総理官邸が直接作成し各省庁に下ろすのだろうから、演説作成は時間的に随分楽になったのではないか。

但し、いくら官邸主導とはいえ、演説内容はあまり奇を衒ったものにできない。しかも、それぞれの一言一句が関係省庁間の徹底協議の対象になることは今も変わりがないはず。昔なら徹夜も辞さず戦ったものだが、今は官邸の裁定で一瞬にして決まるのだろう。霞が関の毎年恒例の官僚スポーツも大きく様変わりしたのではないか。

 

〇アジア 

中国発の「新型肺炎、情報開示に疑念 北京や広東省でも感染拡大」なる記事が注目されている。今回は武漢市から始まったが、2003年には広東省からSARSが大流行した。当時筆者は北京在勤中、「当初は患者数を過少報告し、その後爆発的に増大する」というお得意の発表パターンを思い出した。中国は変わらないなあ。

 

〇欧州・ロシア 

ベルリンで開かれたリビア和平会議のサイドラインで英首相が露大統領と会談したそうだ。英側は数年前亡命ロシア軍情報機関員と娘が化学兵器で襲撃された事件を取り上げ、「ロシアが英国と同盟国を脅かす活動を止めない限り関係正常化はない」と述べたらしいが、露が止める訳はない。喧嘩を売ったジョンソンは腹を決めたのか。

▲写真 リビア和平会議  出典)ロシア大統領府

〇中東

そのリビア和平会議には欧米やロシア、トルコ、アラブ諸国などが参加し、「恒久的停戦に向けて取り組む」考えで一致したそうだ。「恒久的停戦、取り組む、考えで一致」ということは「総論賛成、各論反対」の同義語だ。トルコの参入がリビア問題解決を更に難しくしている。トルコ介入の理由は地中海のエネルギー利権だけではないからだ。

 

〇南北アメリカ

今週米弾劾裁判がようやく動き始めた。一方、この時期は米紙NYTが民主党候補者支持を表明するのだが、今年はウォーレン、クロブシャー両上院議員の女性2人を支持するという。バイデン前副大統領には「以前に戻すことだけでは不十分」「世代交代すべし」と手厳しい。でもウォーレンだって70歳、NYTも困っているのではないか。

 

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:第二百一回国会・総理施政方針演説  出典)首相官邸Twitter