朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・経済制裁・新型コロナ・自然災害の3重苦で経済状況は最悪。

・人事異動と粛清で統制図るも、金正恩指示は無視される傾向に。

・対米・対韓政策は定まらず。新型コロナと食糧問題の解決次第。

北朝鮮は2019年12月28日から31日まで、朝鮮労働党第7期第5回中央委員会総会をもった。労働新聞は、この時の金正恩委員長による延べ7時間の演説を「2020年新年の辞」に代えて1月1日付1面で報道した。

そこで金委員長は、北朝鮮情勢を「前代未聞の難局」と分析し、経済政策の失敗を認めた上で、この難局に「核保有路線の強化」に基づく「新たな戦略兵器」の開発と経済建設での「自力更生」よる「正面突破戦」で戦い抜くと宣言した。

こうしたことから、2020年の米朝関係は、トランプ大統領が譲歩するか、金正恩が「完全な非核化」に応じるかの二者択一の緊張した方向に進むのではないかと見られた。しかし、新型コロナウイルスの襲来で事態は大きく変化した。北朝鮮のすべての政策が「コロナ防疫」中心となったからだ。

■ 新型コロナで危機深まる金正恩体制

2019年末に中国から始まった新型コロナウイルスの世界への蔓延は、北朝鮮の対米「正面突破戦」を「新型コロナウイルス突破戦」に転換させた。

北朝鮮当局は、2020年1月28日から中国との貿易をストップし、29日に入国ビザの発給を全面的に中断した。労働新聞は1月29日「武漢肺炎」の感染拡大防止を強調し、これを「国家存亡に関わる重大な政治的問題」と規定した。対外宣伝メディア「ネナラ」は北朝鮮が「国家非常防疫体制に転換する」と報じた。 

しかしこの体制に移る前の1月下旬には、すでに平壌には旧正月の休暇を利用した数千人の中国人観光客が入っていた。また海外に出稼ぎに出ていた北朝鮮労働者や一部外交官も北朝鮮に戻っていた。北朝鮮の防疫体制は、一歩遅れていたのである。

その後北朝鮮は、「非常防疫法」を制定し、感染症が広がる速度と危険性によって防疫レベルを1級、特級、超特級の3段階に分類した。現在は、地上、空中、海上を問わず国境を封鎖し、物資が入ってくる橋や港湾には消毒施設を設置する「超特級非常体制」を敷いている。住民の国内移動は禁止され、中朝国境2Km以内に近づけば無条件射殺するという監獄状態となっている。これは1990年代中盤から始まった「苦難の行軍」にも見られなかった深刻な状況と言える。

■ 金正恩政権を揺さぶる最悪の経済状況

2017年から強化された国連安保理制裁と米国の独自制裁に新型コロナウイルス防疫での国境封鎖が重なったことで、悪化傾向にあった北朝鮮経済は、金正恩政権始まって以来の危機に陥った。

目玉政策の「元山カルマ観光リゾート建設」や「平壌総合病院建設」もいまだに未完成状態にある。5月1日に金正恩委員長が直々にオープニングセレモニーを行った「順川肥料工場」も稼働できないままだ。もちろん他の主要企業も稼働率は下がり続け、操業中断が相次いでいる。

貿易面でも中朝貿易は激減した。北朝鮮の中国からの輸入額は9月の1,888万2,000ドルから、10月はわずか25万3,000ドルにまで落ち込んだ。これは前年同月の0.13%に過ぎない。

こうしたことから国際格付け会社のフィッチは2020年の北朝鮮経済成長率をマイナス10%と診断した。これは、1990年代の「苦難の行軍」時期のマイナス6%を遥かに下回るものだ。

新型コロナウイルスだけではない。7月末から9月初旬にかけて、歴史的な集中豪雨と台風8、9、10号が北朝鮮を襲った。その結果、黄海道、咸鏡南北道、江原道をはじめとした北朝鮮全域に甚大な被害がもたらされた。穀倉地帯と鉱山地帯が同時に打撃を受けたことで、食糧生産と外貨獲得の鉱物資源輸出に深刻な影響が出ている。

2020年の北朝鮮食糧生産は400万トン台前半に逆戻りすることが予想される。このままでは来年の春窮期に食糧不足が頂点に達するのではと危惧されている。

■ 揺らぐ金正恩の統治システム

経済制裁と新型コロナウイルス、それに自然災害が重なった3重苦は、金正恩を苦しめその健康状態だけでなく思考力までも蝕み始めている。

金正恩の異常心理は、まず新型コロナウイルスに対する過剰な恐怖心として現れている。恐怖心からか、金正恩公開活動は、2020年初めから11月19日現在まででわずか53回と2013年の212回に比べて4分の1にまで減った。しかもその半数は党の会議を指導したもので、経済視察はわずか3回に過ぎず、対外活動に至っては0回だった。北朝鮮では感染者が0人だとしながら、この公開行動の萎縮はどう見ても異常だ。

公開活動の激減に反比例して急増しているのが人事異動と粛清だ。韓国統一部によると、昨年末から今年にかけて党、政府、軍の幹部80%が交代したという。軍団長はほとんど入れ替えられた。また金正恩の身辺警護部隊も新たに創設された。

こうした人事異動と粛清の強化にも関わらず、金正恩の指示は無視される傾向にある。昨年12月末の党中央委員会総会で、金正恩の指示をないがしろにする行為が糾弾されたにもかかわらず、今年の2月29日には党高級学校腐敗問題が、11月15日には平壌医大腐敗問題が政治局拡大会議で立て続けにやり玉に挙げられ、反党反革命行為として糾弾された。この一連の事態で深刻なのは、金正恩体制を守護すべき国家保衛省や、社会安全省の中に腐敗が拡大していることだ。

地方組織での統制の乱れはもっとひどい状態だ。国家保衛省と国境警備隊が組んでの密貿易や麻薬ビジネスが次々と起こっており、中央から暴風軍団(特殊部隊)を派遣しなければ統制できなくなっている。そうしたことから国境警備隊と暴風軍団の間で利権をめぐり銃撃戦が繰り広げられる事態まで引き起こされた。

金正恩統治資金の枯渇と生活物資の決定的不足が重なる中で、中央も地方も自分たちが生き残るためには、金正恩の指示をいちいち守っていられないという状況となっている。

■ 党大会で危機突破狙うも命運を握るのは新型コロナウイルス

金正恩はこうした危機からの脱出を狙って、来年1月に朝鮮労働党8回大会と最高人民会議を開催すると発表した。10月からは80日戦闘を繰り広げている。

しかし北朝鮮の報道を見ても盛り上がりがない。金日成時代の党大会はもちろん2016年に36年ぶりに開催した第7回党大会に比べても低調さが目立つ。そもそも党大会は、経済建設で成果があってこそ盛り上がるものであり、開催する意味もある。だから金正恩の父・金正日は、1980年以降党大会を開かなかった。

だが金正恩委員長は、なぜか父のやらなかったことをやりたがる。

多大な経費と労力を投入して、新型コロナウイルス拡大の危険まで冒して党大会開催を決定した。経済がどん底状態で、成果と主張できるのは、核ミサイル兵器の開発と「新型コロナ防疫」を国家的体制で行ったというぐらいだというにも関わらずだ。これはどう見ても異常である。そうしたことから今回の党大会は、これまでの党大会とは違い、金正恩体制危機脱出のイベント用ではないかとの観測が出ている。

▲写真 左から金与正、玄松月、李雪珠。 出典:いずれもWikimedia Commons; 金与正、玄松月(韓国大統領府)、李雪珠(同左)

こうした見方が広がる中で、朝鮮労働党第8回大会は、新経済5カ年計画や対米政策、対韓国政策などよりは、金正恩体制の立て直しを図る新指導部の陣容に注目が集まっている。特に昨年来浮上している金与正のポジション、そしてキム・チャンソンに代わって金正恩の行事を取り仕切っている玄松月の動向、またここ1年姿を見せていない金正恩夫人李雪珠の立ち位置などが注目されているのだ。

どちらにせよ北朝鮮の今後の動向は、新型コロナウイルスと食糧問題の解決次第といえる。米国の新政権に対する政策、レームダックに入った文在寅政権の利用なども、この2つの問題で解決が見えてこなければ、見通しを立てることは難しいと思われる。

トップ写真:朝鮮労働党第7期中央委員会政治局第16回会議での金正恩委員長(2020年8月13日 平壌) 出典:北朝鮮外務省ホームページ