岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・バイデン政権の通商政策は「自由貿易を名乗らない自由貿易協定」。

・バイデン氏は「対中強硬」を装いつつ、グローバル化を復活を狙う。

・「対中関税緩和」等、バイデン氏は中国に親中姿勢である。

首都ワシントンで1月6日に発生したドナルド・トランプ大統領支持者による米連邦議事堂への乱入事件は死傷者が出る惨事となり、1月20日に就任予定のジョー・バイデン次期大統領の当面の注意は、コロナ禍や減速が著しい米経済、さらにトランプ大統領の罷免・訴追など内政問題に張り付くこととなった。

そのため、バイデン次期政権の通商政策に関する方針の表明は、先送りになる可能性が高まった。しかし、そもそも4年前のトランプ政権誕生の大きな要因となったのは、ボーダーレス化による雇用の流出や仕事の質の劣化による、国内情勢の不安定化だ。米議会への乱入事件も、大元をたどればグローバル化による白人中間層の没落が大きな役割を果たしている。

その意味で、米国が自由貿易を推進するのか、あるいは後退させるのかは、この先4年のバイデン時代、さらにはその先の米内政の安定を占う重要な要素となる。具体的には、世界で拡大する脱グローバル化の動きに次期政権がどのように対応するのか、それに関連してトランプ政権が開始した米中貿易戦争をどのように扱うのか、などが注目点となろう。

米労働者「保護」の方針

バイデン次期政権の当面の通商政策は、「自由貿易を名乗らない自由貿易協定」である米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA、前身である北米自由貿易協定【NAFTA】の後継)をひな形とする多国間通商を拡大する可能性が高いと筆者は見る。早い話が、トランプ政権の方針を継承する「トランプ2.0」だ。

たとえば、バイデン次期大統領が米通商代表(USTR)に指名した台湾系米国人のキャサリン・タイ下院歳入委員会通商担当首席法務官(中華名: 戴琪)は、そのUSMCA交渉において重要な役割を演じた人物だ。メキシコに、高い労働者保護基準を飲ませて同国の労働コストを吊り上げ、メキシコに流れていた米国の雇用の一部を再び米国に戻すという「自由度をいくらか弱めた自由貿易協定」の推進者であり、その手法をバイデン政権下の通商交渉にも使う可能性が高い。

これに、バイデン次期大統領の公約である「米国から海外に業務を移す企業に懲罰税を課し、米国内で雇用を創出する企業を優遇する」という税制改革を組み合わせ、ポピュリズムや極右台頭の大きな原因となった白人中間層の没落に対処する考えと見られる。

ただし、歴代米政権の通商政策の基本は自由貿易だ。クリントン・オバマ政権時代に金融のさらなる自由化、メジャーな自由貿易協定の相次ぐ締結など新自由主義的な経済政策を積極的に採用した「財界の味方」である民主党が、脱グローバル化に舵を取るとは考えにくい。事実、バイデン政権の組閣において、労働者側に立つ民主党左派はことごとく排除されている。

そのためバイデン新大統領は、リップサービス程度で効果の薄い「労働者の権利保護」を行いながらも、自由貿易という基本政策は変更しないだろう。グローバル化をストップすることは、富裕層や大企業とズブズブの民主党の権力基盤を壊すことだ。それを見越した米市場はイケイケの「バイデン相場」で応じており、米財界も安定をもたらすと期待されるバイデン氏への強い支持を表明している。

つまり、バイデン次期政権の「労働者保護」は、内実においてグローバル化で肥え太る富裕層や大企業の保護なのであり、他国労働者との競争にさらされる米労働者の立場は弱いままとなる。没落した白人中間層が、民主党首長によるロックダウン政策推進がもたらす失業や収入減でさらに困窮し、その結果として一部が過激化し、国内テロなどに走る可能性は低くないものと思われる。

バイデン次期政権は、米議会乱入事件の大元となったグローバル化による経済格差拡大を解決するどころか、逆に悪化させることにより、さらなる分裂と社会不安を引き起こすことになろう。米国の内乱による自壊が加速して高笑いするのは、中国の習近平やロシアのプーチンである。

中国との「阿吽の呼吸」

バイデン次期政権は、当初はトランプ政権の対中制裁関税を継承し、中国から譲歩を引き出すための交渉のカードに使う方針であるとされる。知的財産権問題や、中国の国営企業への過剰な保護などに対しては、それなりに強硬な姿勢で臨むものと予想される。

だが、バイデン次期大統領の基本的な立場は、一貫して自由貿易とグローバル化の推進であることに変わりはない。バイデン氏は親中の外交通上院議員として、中国の世界貿易機関(WTO)加盟に不可欠な役割を果たし、オバマ前政権の副大統領としては環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉を推進した。バイデン氏は、いわば「グローバル化の権化」であり、民主党は新自由主義を信奉する政党なのである。

▲写真 オバマ元大統領 出典:Image by janeb13 from Pixabay

同時に、没落した中間層や低所得層がグローバル化に拒否反応を示していることは、バイデン氏もよく知っている。また、「中国がグローバル化で民主化する」というバイデン氏お得意の「関与政策」が破綻したこともあり、USMCAのような「自由貿易を名乗らない自由貿易協定」を追求する中で、目立たないグローバル化の巻き戻しを図ると筆者は予想する。それは、中国との啐啄同時(そったくどうじ)、阿吽(あうん)の呼吸という形で顕在化しよう。

まず、中国が主導する形となったRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の合意を奇貨に、「中国に対抗するために必須のTPP」という言説を持ち出し、国内の脱グローバル化の動きを抑え込んでTPP復帰を果たし、グローバル化を復活させるだろう。表面的には「対中強硬」を装いながらも、運用上は中国の好むグローバル化のリバイバルを引き起こすことで、実際上はクリントン・オバマ民主党政権時代からの親中路線を継続できるわけだ。

とは言え、自由貿易やTPPに対する米国内の反発は根強い。そのため、オバマ前政権下で米通商代表部の元次席代表代行を務めたウェンディ・カトラー氏が示唆するように、デジタル貿易や医療品、気候変動などの分野で「ミニTPP」を成立させ、それらの集合体である「完全なるTPP」に最終的に統合するという世論工作のトリックを使うことが予想される。

またバイデン次期政権は、トランプ政権が欧州連合(EU)やフランスなど個別の加盟国に課した高関税を撤回することで恩を売り、これらの国々が米国主導の対中包囲網に積極的に参加することを期待しているとされる。

しかし、実際に米国が対欧関税を引っ込めたところで、中国を怒らせるような対中包囲網に欧州の同盟国が喜んで参加すると見るのは楽観的に過ぎよう。なぜなら、「米国か中国か」という二元論的選択はどの国にとっても回避したいものであるからだ。事実、中国とEUは12月に包括的投資協定(CAI)交渉の妥結に至ったばかりである。

リベラル国際主義のラストチャンス

バイデン氏による「自分は中国に対してソフトではない」との主張は、「グローバル化巻き戻し」「対中関税緩和」「実効性のない『対中包囲網』の形成」など、中国を敵国とすることを回避する、実質上の親中姿勢を隠すためのアリバイ作りと見ることもできる。

事実、中国の王毅外相はバイデン氏の当選後、「多国間主義は正しい道、グローバルガバナンスの強化と整備は必然的な流れ」と唱え、バイデン次期政権によるグローバル化の復活に対する期待をにじませている。グローバル化は、中国の経済的・軍事的台頭に不可欠であったし、覇権的な「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」の実現には、親中的なグローバル化、すなわち自由貿易が引き続き必須なのである。

リベラル寄りの有力シンクタンクである米ブルッキングズ研究所のトーマス・ライト上席研究員は、「バイデン次期大統領は、自身のリベラル国際主義的な世界観のリスクを認識すべきだ。リベラル主義は米国内外で攻撃を受けているからである」と警鐘を鳴らした上で、「バイデン氏の大統領就任は、リベラル国際主義がポピュリスト的な国家主義よりも優れた戦略であるとエスタブリッシュメントが実証する最後のチャンスなのだ」と看破した。

資本家の党である民主党とバイデン次期大統領は、グローバル化の巻き戻しや継続を目論んでおり、引き続き中国を利する路線に邁進することになろう。そのため、米国内の白人中間層の没落はさらに加速し、その一部が過激化することで内政はさらなる停滞と混迷の泥沼に沈んでゆく。バイデン氏の大統領当選は米国衰退の加速と内政の混迷を意味しており、西太平洋地域の独占支配を狙う習近平にとり、天祐であったのだ。

(③に続く。①はこちら。全3回)

トップ写真:バイデン氏 出典:GOOD FREEPHOTOS