※本コンテンツは、2021年9月15日に開催されたJBpress主催「第3回 ものづくりイノベーション」の特別講演Ⅱ「スケールフリーネットワークで起こすDX2.0とQX(Quantum Transformation)」の内容を採録したものです。

「世界有数のCPS(サイバー・フィジカル・システムズ)テクノロジー企業を目指すこと」を掲げ、変革を進める東芝の最高デジタル責任者である島田太郎氏は語る。

 GAFAの成功モデルは、パソコンやスマートデバイス上など、サイバー世界のもの“Cyber to Cyber”だった。これをDX1.0の時代とするなら、今後はサイバーとフィジカル(実世界)が融合するDX2.0の時代になり、その先には量子コンピューターによるQX(Quantum Transformation)が訪れるだろう。

 DX2.0、そしてQX時代において、重要になる技術や考え方はどのようなものかを紹介していく。

ものづくり企業からCPSテクノロジー企業へ。東芝のDEとDX

 東芝は、フィジカル(実世界)のあらゆるデータをサイバー世界のデジタル技術で解析・分析・理解し、実世界にフィードバックするCPSテクノロジー企業になることを目指している。そのために、DE(デジタルエボリューション)とDXを推進して成長する戦略を描く。同社CDO(最高デジタル責任者)の島田氏はDEの必要性を次のように語る。

「DXにたどりつくためには、今あるビジネスをデジタル化する段階を通らなくてはいけません。私はこれをDE(デジタルエボリューション)と呼ぶことにしました」


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 さらにDE後、DXについては「理解」「試行」「本格展開」という3段階で進める必要がある。この「理解」において、島田氏は「DXとは、プラットフォーマーになること」と定義している。

「プラットフォーマーは、旧来のバリューチェーンを破壊し、さまざまな企業の機能をまとめ、レイヤーのように重ねて新しいサービスをつくり出します。成功しているプラットフォーム上には、競合もサービスを展開して共創しています」

 例えば、AmazonのKindleは、本の購買や読み放題の他に3G接続があり、競合のサービスも込みで提供するプラットフォームである。プラットフォームをつくり、エコシステム、リファレンスアーキテクチャー、パートナーシステムを持ち、さらに巨大な顧客ベースを持つことで、事業のDXが実現するのだ。

「サイバー企業が行うDXへのプロセスを例に取ると、まずオペレーションを自社で引き受けて、より安いコストで提供する。そのオペレーションの中身を取り込むとともに、デジタル化によりコスト削減し利益を上げます。さらに、デジタル化したオペレーションをプラットフォームとしてサービス展開する。こうしたサイバーで行っていたことを、フィジカルでも実践していくことが必要です」

東芝式のスケールフリーネットワークで起こすDX2.0

 東芝のようなものづくり企業のDXで注意すべきなのが「カニバリゼーション(共食い)」だ。例えば、サービスをクラウド化して他社のハードを使うと、自社のハードを売る部門と利益の食い合いになり、DX事業にストップがかかることもある。島田氏は、これを避けるための方法を2つ挙げる。

「1つは、Google のように、エンドユーザーからではなく、そこから集めたデータを使って広告主から儲けるというマルチサイドプラットフォームの考え方。もう1つは、あえてDXしない考え方です」

 先ほどあげたように、DXはサービスのエコシステム化、プラットフォーム化だと島田氏は語る。そこで登場するのがスケールフリーネットワークだ。Webのリンクを可視化するといわゆる“カオス”となる。リンクが非常に多いわずかな数のWebサイトと、リンクをほぼ持たない大多数。分布図にするとガウス分布ではなく、べき乗の分布になる。これが尺度(スケール)を持たない、スケールフリーネットワークだ。

「リンクを張るのは人間ですから、人間の世界も同じです。人間のスケールフリーな活動が拡散して一定数以上になると爆発する。パーコレーション現象とも呼びますが、それと同じで、イノベーションは臨界点を超えると爆発します」

 これをうまく活用したのが、FacebookやInstagramだという。

「簡単なソフトウエアでコンテンツもない。『モノからコトへ』といわれますが、彼らは『コト』ではなく『コトが起こる場』をつくった。そこにユーザーがネットワークを勝手に広げて、膨大な価値が生まれたのです」

 スケールフリーネットワークをつくる方法には、無料で配布するアメリカ式、標準化団体によって規格化するヨーロッパ式があるが、いずれも世界標準になるにはGDPで20%超のシェアが必要となる。東芝は、このどちらでもない「アセットオープン方式」を狙う。

「技術を開放することによって、CPS上でのスケールフリーネットワーク構築を狙います。かつてIBMがAT互換機を仕様公開したことで、“価格半分で性能2倍”のパソコンが市場にあふれました。当社はそれと同じことを目指す。FacebookやInstagramはパソコンやスマートデバイス上のネットワークであり“Cyber to Cyber”でしたが、当社はこれを“Physical to Cyber”で実施します。買い物のPOS、交通機関の改札、エレベーターなど、生活のあらゆる場にはフィジカルなタッチポイントがありますが、そこで得たデータを、サイバー世界でデジタル技術などを用いて分析したり活用しやすい情報や知識に加工し、フィジカル側にフィードバックすることで付加価値を創造していきます」

全員で取り組むDXで創出する東芝の新ビジネス

 東芝のDXは、全社員を巻き込んだものとなっている。アイデア共有会、ピッチ大会による事業のタネ発掘など、社員が参加できる仕掛けをつくり、社内ファンドによる事業化加速、オープンイノベーションによる社外連携を連動させて、CPSビジネス創出、事業化を推進している。

 テーマ(事業のタネ)を整理し、現在は、40を超えるテーマの事業化に向けて活動している。

 例えば、物流のデータエントリーサービスでは、既存OCR(Optical Character Recognition=光学的文字認識)で読み取れなかった宛先の画像を取得して高精度なOCR技術で読み取り、従量課金制で読み取った分だけの料金をもらう。また、カメラ付きLED照明器具「ViewLED(ビューレッド)」で工場のさまざまなシーンを記録し、作業分析して安全アラートなどを発報する。いずれも顧客の導入リスクは低く、利益も出るビジネスになっている。

 DXは「理解」「試行」「本格展開」の3段階で行うと先に述べたが、上記は「試行」の段階だ。「本格展開」している事業としては、「スマートレシート」がある。アプリをダウンロードしてレジでバーコードを提示すると、レシートのデータが自分のスマートフォンに飛ぶ仕組みだ。

「スマートレシートで何を買ったという情報から、Amazonのようなレコメンドが実在の商店街でできるようになります。福島県会津若松市のスマートシティ構想「スマートシティ会津」では81店舗に導入し地域ウォレットと連動させていますが、8月に実施したキャンペーン参加率も76%と非常に高くなっています。私たちはこれを早期に10万店舗に導入することを目標としています。実現すると約45兆円分のデータが補足できますが、これはAmazonや楽天の10倍以上の数字です」

 同社では利用者に関するデータは全て本人に権利があると捉え、「プライバシーステートメントをつくり、人中心の信頼できるデータ社会の確立を目指します。具体的には、自分のデータがどこに使われるかを“見える化”します」と島田氏は話す。

DX2.0の先にあるQX(Quantum Transformation)

 このように、フィジカルをサイバーにつなげるDX2.0が進行中だが、その一方で量子によるトランスフォーメーション、QX(Quantum Transformation)が既に起こりつつある。


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 量子コンピューターができることは何か。まず巨大なデータを解析する創薬や材料科学などへの実用化が期待されている。そして、金融ポートフォリオや電力最適化など、常に答えがつくられ続ける動的な問題解決が可能になる。さらに量子インターネットでは、数百km離れた情報も同時に存在する状況を生み出せる。


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「QX関連では、量子で暗号を送る技術が盛んに研究されてきました。私たちも昨年、量子暗号通信システムを事業化しています。ただし、この装置を売るのではありません。この技術で安全にデータ通信するためのアプリケーションを提供していきます」

 QXについては、産業界も動いている。この2021年9月には、Q-STAR「量子技術による新産業創出協議会(Quantum STrategic industry Alliance for Revolution)」が設立された。島田氏は、その実行委員会委員長を務めている。同協議会では産学官で連携して、研究開発、標準化、テストベッドで連携し、政策提言を行っていく予定だ。

「技術が結集することにより、今までには考えられなかったデータの接続、思いもよらない研究開発がどんどん発展していくことになります」と島田氏は、期待に胸を膨らませる。“Physical to Cyber”は、フィジカルなものづくりに強い日本にとって大きなチャンスとなる。

(JBpress)