(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)

 世界的なEV(電気自動車)ブームに押されて、「FCV(燃料電池車)はもう『終わったクルマ』なのか?」という印象を持つ自動車ユーザーは少なくないのではないだろうか。

 燃料電池車は、水素を燃料とし、水素と酸素を化学反応させて作った電気を動力とする自動車だ。現在、日本国内で販売されている燃料電池車は、国産車ではトヨタ「MIRAI」のみ。輸入車でも韓国ヒョンデ「ネッソ」だけである。

 また、ホンダは「クラリティ フューエルセル」の生産を中止したほか、日産は中長期の事業構造改革計画「Nissan Next」や長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」の中で、燃料電池車については触れていない。マツダ、スズキ、三菱、ダイハツも現時点では燃料電池車の量産についての方針は打ち出していない状況だ。

 こうした市場環境を見れば、FCVはEVに次世代車の主役の座を奪われた「終わったクルマ」と思われてしまうのはやむを得ないのかもしれない。

 だがその一方で、水素の利活用に注目が集まり始めているという状況がある。FCVはまだ終わったクルマではなく、復権の可能性が少しずつ見えてきていると言えるだろう。

燃料電池車がトレーラーハウスを牽引

 2022年11月26日〜27日、三重県鈴鹿サーキットにおいて「スーパー耐久シリーズ」最終戦が開催された。その会場でトヨタは「FCEV トーイングマシン(Towing Machine)」を世界初公開した。

(注)トヨタではFCVを「FCEV」(フューエル・セル・エレクトリック・ヴィークル:燃料電池電気自動車)と呼ぶ。

 ベース車両はアメリカで生産するフルサイズピックアップトラック「タンドラ」だ。燃料電池車のタンドラがトーイングカー(牽引車)となって、大型のトレーラーハウスを牽引する。タンドラはアメリカでの生産だが、今回展示した車両は日本国内で登録され、トヨタの国内テストコースで実験を積み重ねてきたという。

 従来のタンドラは、最大出力358〜437hp(馬力)を発揮する各種V型6気筒ターボエンジンを車体の前方部分に搭載するが、FCEV トーイングマシンではそこに燃料電池スタックを積む。

 トヨタ関係者によると、高圧水素タンク、燃料電池スタック、リチウムイオン2次電池は「MIRAI」と共通だが、MIRAIでは3本だった高圧水素タンクを5本に増やし、リチウムイオン2次電池の容量もMIRAIより大型化して56kWhとした。

 車体で発電した電気を、ホンダ製の給電システムを介してトレーラーハウスに送る点にも注目したい。水素を満充填しておくと、一般家庭向けの約10日間分の電気を発電できるという。

 トヨタ関係者は「燃料電池車の可能性を分かりやすく示すため、アメリカで多く活用されているトレーラーハウスを牽引する形にした」と言う。今回展示したトレーラーハウスは1.5トンと比較的小型だが、同車の展示スペースで上映された紹介動画では、4トンのトレーラーハウスを愛知県豊田市から鈴鹿サーキットまで牽引した様子が紹介されていた。

 このFCEV トーイングマシンの隣には、水素をエンジンの燃料として使う「カローラ クロス H2 CONCEPT」も展示されていた。また、スーパー耐久シリーズでは現在、トヨタの豊田章男社長が愛称の「モリゾウ」として自ら「水素カローラ」のハンドルを握りレースに参戦している。

 日本自動車工業会の会長も兼務する豊田社長は、「カーボンニュートラルの実現には、EVのみならず、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、次世代ディーゼル燃料車、燃料電池車、そして水素燃料自動車など様々な選択肢が並存しながら、各社が時々の市場状況に応じて量産化を進めるべき」との考えを示している。

 こうした中、トヨタはFCEV トーイングマシンを表舞台に登場させた。トヨタにとって燃料電池車はけっして「終わったクルマ」ではなく、次世代車の選択肢の1つとして大いに可能性があるということだ。

充電インフラは普及するのか?

 では、燃料電池車や水素燃料自動車のインフラ施設である水素ステーションの普及状況はどうなっているのか。EVも含めて次世代車は、充電インフラをどれだけ整備できるかが普及のカギとなる。

 EVの場合は、屋外の急速充電器が使えなくても、自宅や会社で(多少時間はかかるにしても)普通充電することが可能だ。一方、燃料電池車や水素燃料自動車は、水素ステーションで水素を充填するしか現在のところ方法がない。そのため、水素インフラの拡充が水素関連車の普及動向に直結すると言える。

 経済産業省資源エネルギー庁が2021年8月にまとめた報告書「今後の水素ステーション政策の方向性について」では、これまでの普及状況を踏まえた、2030年をにらんだ新たな目標設定が示されている。それによると、初代MIRAIが登場した2014年後半から、大都市圏をつなぐように水素ステーションが設置されてきた。2020年11月末時点で、首都圏(60カ所)、中京圏(49カ所)、関西圏(19カ所)、北部九州圏(14カ所)、その他の幹線沿いなどに20カ所と合計162カ所に設置されている。政府は、2025年に累計320カ所に設置することを目標として、引き続き水素ステーションの整備事業費補助金制度を設けている。

 だが、その2025年の目標達成には、水素ステーションの整備費や運営費の面で大きなハードルがあるのが実状だ。

 例えば、事業者が負担する水素ステーション整備費は、規制緩和や量産効果などにより、2013年実績の4.6億円から2019年実績では3.3億円へ削減された。政府は2025年には2億円まで引き下げたいとしているが、そのためには事業者が補助金をより効果的に活用するための抜本的な制度の見直しが必要だと、水素ステーション政策に関する有識者会議で指摘されている。

意外なほど高い燃料電池車への期待の声

 水素インフラについては、別の方式も模索されている。

 今回、鈴鹿サーキットでは、トヨタ、いすゞ、スズキ、ダイハツが次世代の商用車の技術開発ついて連携する取組「CJPT」(コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ)の展示ブースが設けられ、水素を運搬する水素タンクを連装する様々なモジュールが展示されていた。これらは自動車向けの他、船舶、建設機器、発電機などでの利用も想定している。

 このほか、トヨタとトヨタの子会社、ウーブン・プラネット・ホールディングスが開発した水素カートリッジ交換機システムのプロトタイプも展示されていた。CJPT関係者は「大規模な商用向けのほか民生用も想定して、より手軽に水素を持ち運べるようにした」と開発コンセプトを紹介した。

 今回の取材では、スーパー耐久シリーズ最終戦に参加した自動車メーカー各社の役員らと、次世代車技術について意見交換したが、燃料電池車への期待の声が高いことに少々驚いた。

 政府の施策「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の中では、水素社会普及に向けた重点項目が設けられている。そうした後押しもあり、自動車業界で燃料電池車の存在が見直され、実用化に向けた動きもさらに前進する可能性が高まってきていることを実感した。

(桃田 健史)