(髙山 亜紀:映画ライター)

 フィンランドと聞いて何を思い浮かべるか。いまでこそ「サウナ!」となるのかもしれないが、やっぱり「ムーミン」が最強。日本だけでなく世界中の人々から愛され続けているムーミンは子どもだけでなく、大人も大好き。テーマパークまで出かけなくても、私たちの日常にはムーミンのコラボ商品であふれている。

 その一つが化粧品やサプリメントのメーカーであるDHCだった。だが、自社サイトに掲載された、DHC創業者である吉田嘉明会長による在日コリアンに対する差別的な文章が問題視され、「ムーミン」に関する著作権を管理するフィンランドの会社Moomin Characters Oy Ltdが「いかなる差別も容認しない」とコラボ中止を発表。「会長の発言が受け入れられず、ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンが示した価値観とはまったく相容れないものであるためです」とした。果たして、ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンとはいったい、どんな人物だったのだろうか。

彫刻家の父から反対され、美術界との軋轢を生んでも、曲げなかった自分のスタイル

『TOVE/トーベ』はトーベ・ヤンソンの半生を描いた物語である。自由、平和を愛し、差別を許さないムーミンのキャラクターはどのように生まれたのか。その背景にはどんな偏見にも圧力にも屈しない、誰にも束縛されない彼女らしい生き方があった。

 第二次世界大戦下のフィンランド・ヘルシンキ。画家だったトーベは心の平穏を保つように、不思議なムーミン・トロールのイラストを描き始める。保守的な美術界において、ヒトラーを揶揄するような風刺画を描く彼女は異端児だった。

 当時はセンセーショナルだった喫煙する自画像(「タバコを吸う娘」)を個展で発表しようとした彼女は著名な彫刻家の父親から反対される。美術界から目を付けられてはサポートを受けられなくなる。それでも彼女は暖房のないアトリエで凍えようとも、家賃が払えなくても、自分らしさを貫き通すことを諦めなかった。