文=福留亮司

JBpress autographでは、今後も時計ブランドやモデルについての記事を発信しようと考えていますが、そのベースとなる知識がない、という声を耳にします。なので、これから定期的に時計の機能について、時に歴史について語っていきたいと考えています。まずは、一番頻度が高い機械式時計から。

重力を利用した時計

 現在、高級時計の代名詞のようになっている機械式時計は、13世紀に誕生したといわれている。それは、それ以前に存在していた「水時計」や「砂時計」と同様に、地球の重力を利用し、錘りを動力とした「重錘時計」だった。

 その重錘時計は、多くの人に時を告げるためのもので、主に教会の塔などに設置されていた。欧州の街が教会を中心に形成されていたこともあるが、時計については重錘による動力を長く強く維持するために高さが必要だったのだ。そして、その時計は一般的に「塔時計」と呼ばれていた。ただ、当時の精度は、現在とは比べるまでもなくかなり低いもので、1日に1時間ほどの誤差が生じたともいわれている。

 その後、機械式時計は小型化へと向かっていくのだが、現在のようなゼンマイ動力が誕生したのは14世紀半ば。常に携帯できる懐中時計が登場するのは、それから300年以上も後、18世紀に入ってからになる。

 そして、それまでゆっくりと進んできた機械式時計の歩みはその懐中時計の誕生から一気に早まっていく。天才アブラアン=ルイ・ブレゲをはじめとした、優秀な時計師たちによって多くの技術が発案されたからである。現在使われている機械式時計の技術の大半は、この時代に出来上がったといってもいいからである。

ブレゲが機械式時計の発展を加速

 ちなみに、その天才ブレゲは自動巻き機構を開発したのを皮切りに、クロノグラフ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー、トゥールビヨンなど、時計好きが知らないものはないほど有名な複雑機構を作り出した。さらに、ヒゲゼンマイ、耐震構造、ツインバレルといった重要な仕組みやパーツに至るまで、次々に考案していったのである。

 そうやって19世紀にほぼ完成された技術は、さらに研ぎすまされ小型化がなされていく。腕時計への移行である。しかし、1960年代までは唯一無二の動力として、最先端の技術であった機械式時計に大きな壁が立ちはだかる。

 1969年に日本のセイコーがクォーツ式腕時計を開発。クォーツの日差±0.2秒以内という驚くべき精度により、機械式時計は大きな打撃を受けるのである。時計にとってもっとも重要な精度で、まったく太刀打ちできないことになったからである。その影響から、70年〜80年代にかけて、機械式時計は冬の時代を迎えることになる。

 しかし90年代に入り、機械式時計は勢いを取り戻していく。クォーツ式時計と対比することで、機械式ムーブメントの良さが明確に浮き上がってきたことが挙げられる。部品を一つひとつ組み上げていく工程、ゼンマイの巻き上がる音、そして振動。機械式時計には、クォーツ式にはない魅力があることを、人々は再認識したのである。

伝統的なものを受け継いでいく

 こんな話がある。現在、機械式時計のトップブランドのひとつでもあるパネライが、約50年以上前のヨットのみの参加が認められたクラシックヨットのレースを主催した際に、当時CEOの地位にあったアンジェロ・ボナーティ氏に、次のような質問をした。

「なぜアメリカズカップのような最先端のレースをスポンサードしないんですか?」と。すると「それはパネライとして意味がない」という応えが返ってきた。

「パネライは機械式時計を中心にした時計ブランドです。伝統的なものを修理しながら受け継いでいくことがブランドの理念に繋がるからです。最新のものを作り、それが劣ってきたら次のものを作っていくというアメリカズカップのスタイルとは、根本から違うのです」

 そう、機械式時計は伝統的な機械を長く受け継いでいくことこそが重要。あのパテック フィリップの普遍のキャッチコピーが「親から子へ、子から孫へ」であることと同様である。機械式時計は、その動きとともにメンテナンスも含めて手間をかけ長く使用していくことが大切なのである。

 現代はクォーツ式に加え、電波時計、GPSなど、ただ時を知るだけなら、機械式時計よりも優秀なものは存在する。しかし“時間を知る”ということの中には、“時を楽しむ”ことも含まれていると思う。だからこそ、我々は機械式時計に魅せられるのだろう。

 今後は、機械式時計に限らず、腕時計の魅力を機能や部位をベースに語っていきたいと考えている。

(福留 亮司)