文=中井 治郎 

京都旅行から始まる劇場版『きのう何食べた?』

 習い性というよりは職業病みたいなものだろう。ドラマや映画を観ていてふいに京都が映し出されたときは、「おっ、来たぞ」というスイッチが入る。もちろん、いま、この時代の物語で京都がどのように描かれているのかを確かめるのだ。

 最近、僕の京都スイッチが入ったのは河原町の映画館で劇場版『きのう何食べた?』を観ているときだった。

 劇場版『きのう何食べた?』は2021年11月に公開された映画だが、原作は2007年から続くよしながふみの長寿連載コミックである。なによりも(男性をふくめた)一般の読者にも広く読まれるBLの先駆けとなる金字塔的な作品として知られているが、かといって男性ふたりの情熱的なロマンスが展開される物語というわけではない。そこで描かれるのは、弁護士「シロさん」(西島秀俊)と美容師「ケンジ」(内野聖陽)という中年カップルが東京の片隅で送る飾らない日々の暮らしであり、ふたりの人間がともに歳を重ねていく「当たり前」の人生である。

 満を持して2019年に放映されたテレビドラマも人気を博し、11月に公開されたのはその劇場版ということになる。そして、いくつかの意味で注目すべきこの映画はふたりの京都旅行から始まるのだ。

 では、今回のこのふたりの旅の行き先が京都であることに、どのような意味があるのだろうか。

 本稿で取り上げるのは劇中序盤の展開であるし、ふたりの京都旅行は原作ですでに描かれたエピソード(『きのう何食べた?』第8巻収録)なので、ネタバレもそれほど注意しなくてもいいのかもしれないが、気にされる向きはどうか薄目で読んでほしい。

京都旅行は「憧れ」?

「彼氏と京都旅行なんて乙女の憧れだよ。何着ていこう、京都ならオシャレしていきたいし。あ、ダイエットもしなきゃ」

 今度、お前の誕生日プレゼントのかわりに京都旅行をしよう。これは、シロさんのそんな提案を喜ぶケンジのセリフである。じつはこのセリフ自体は原作にはないものなのだが、実に端的に現在の京都旅行がどのようなものかを表しているといえるだろう。

 すこし考えてみてほしい。たとえば、これがもし「ふたりで大阪旅行をしよう」という提案であったとしたら。はたしてケンジは「オシャレしていきたいし。あ、ダイエットもしなきゃ」と答えてくれただろうか。すくなくとも「乙女の憧れ」と脚本に書かれることはなかっただろう。こればかりは大阪出身の僕も地元の分の悪さを認めざるをえないところである。

 では、そのケンジの「憧れ」という京都旅行はどのようなものであったかを確認してみよう。

「定番だけど京都初心者なら、ザ・京都!って感じの王道コースがいいだろ?」

 原作ではシロさんがそう言ってエスコートする二人の京都旅行のプランは、以下のようなスポットをめぐるものであった。

 八坂通から産寧坂の東山界隈、「2時間サスペンスでやたらと犯人が自白する場所」としておなじみの南禅寺の水路閣、日没後は高台寺のライトアップ。さらに劇場版では平安神宮や、近年すっかりSNSを通じてインバウンドにも知られる京都名物となった錦市場のタコの串焼き「たこたまご」なども描かれる。そして、ふたりの「お泊り」はもちろん歴史を感じさせる和風旅館である。

 これこそ、まさに旅人の思う「ザ・京都」の現在地ということなのだろう。