(田丸 昇:棋士)

谷川浩司九段に十七世名人

 日本将棋連盟は6月9日、谷川浩司九段に十七世名人(永世名人)の推戴状を授与した。

 谷川十七世名人は、1997年(平成9)に名人を獲得して名人在位が通算5期となり、規定によって永世名人の資格をすでに取得していた。この称号は引退後に名乗るのが原則である。

 しかし、将棋連盟の会長に約4年在任、タイトル獲得は通算27期など、将棋界への貢献や公式戦での実績に加えて、今年4月に還暦の60歳を迎えたことが考慮され、現役中の襲位となった。

 過去の例では、1976年(昭和51)に大山康晴十五世名人(名人在位は通算18期)が53歳で、2007年に中原誠十六世名人(同通算15期)が60歳で、両者は現役中に永世名人に襲位した。

 谷川は授与式で、「大山先生、中原先生と比べると、私は時代を築くことはできませんでした。永世名人を名乗ることに戸惑いもありました。また、名人戦で獲得が5期、敗退が6回と負け越しています。誇れる実績ではありませんが、挑戦し続けた結果と考えております」と挨拶した。

21歳2ヵ月の最年少記録で「名人」に

 谷川は1962年に兵庫県神戸市で生まれた。1973年に若松正和八段(82)の門下で、棋士養成機関「奨励会」に5級で入会。1976年に四段に昇段し、14歳8ヵ月で棋士になった。加藤一二三・九段(82)に続いて、2人目の「中学生棋士」だった。

 谷川は名人戦の予選リーグに当たる「順位戦」で、1982年に最上位のA級に5期目で昇級。1983年にA級で優勝し、同年の名人戦で加藤名人に挑戦した。そして、加藤名人を4勝2敗で破り、最年少記録の21歳2ヵ月で谷川新名人が誕生した。この記録は現在も更新されていない。

 終局後の記者会見では、「名人位を1年間、預からせていただきます」と語った。父親が浄土真宗の住職で、その出自らしい奥ゆかしい名言として話題になった。

 谷川の将棋は「光速流」と呼ばれ、終盤で最短の寄せで勝利を目指した。それが美学でもあった。今でも「レジェンド」として格調の高い将棋を指し、多くの棋士に影響を及ぼしている。

 公式戦の通算勝利は歴代3位の1364勝(6月15日時点)。今後の目標は、歴代2位の大山十五世名人(1433勝)を超えることだという。