世の中で起こっていることを知ることは、意外と難しい。

 インターネットがここまで広がる前は、多くの人がそういう意識を共有していたように思う。新聞やテレビが情報収集のメインだった時代には、そういうマスコミが取り上げる大きな出来事についてしか知ることができず、世の中には自分の知らないことがたくさん存在する、と皆が思っていたのではないか、と勝手に想像する。

 現代は、インターネットのお陰で、誰でも情報を発信できるようになった。このことを指して、「以前より情報を手に入れやすくなった」と見ることは簡単だろう。しかし、僕は逆に、そういう時代だからこそ情報にたどり着きにくくなった、と感じる部分もある。

 僕たちは、インターネット上に存在する膨大な情報と向き合わなければならない。情報がいくら多くなろうが、僕たちが自分の内側に取り込むことができる情報の上限が引き上げられるわけではない。だから僕たちは、その膨大な情報から自分にとって必要だと思われる情報を取捨選択しなければならない。しかしそれは完全に個人の先入観によって行われる。何が必要で何が必要でないかを決めるのは自分だ。それはつまり、自分の価値観や主義主張と相容れない意見を積極的に排除できてしまう、ということでもある。

 それゆえに僕たちは、以前よりも格段に偏った情報の中で生きている、と考えることもできるのだ。

 エアポケットのごとく、多くの人にほとんど知られないままになっている現実というのが、世の中にはたくさん存在する。今回は、そんな現実を浮き彫りにする3冊を紹介しようと思う。

恐るべき「裁判所の統制」

『裁判所の正体 法服を着た役人たち』(瀬木比呂志、清水潔著、新潮社)

瀬木比呂志「多くの場合には、やはり、無罪が多かったりすると、出世上、非常に不利になりやすい」

 あなたはこの発言を聞いて、どう感じるだろうか? 僕は怒りしか覚えない。しかし、これが現実なのだ。