(6)授業中におなかがすいて集中できなくなることが多かったので、リモート授業ではものを食べながら受講できてうれしい。

 トホホなコメントその1。ビジネス社会では、テレワークに伴うウェブ会議での「デジタル・マナー」や「デジタル・ドレスコード」が話題になっています。あまりうるさく言うのもどうかと思いますが、私の世代の人間からすると、リモート授業においても師(教員)と接するからには一定のマナーが必要なのでは、と最初は感じました。とはいえ、私自身もかつてNHKのラジオ英語講座を食事しながら聴いていましたので、よくよく考えれば、目くじらを立てる話ではないのでしょう。食べ物の匂いが漂うわけでもありませんし。

(7)対面型の授業では、やってはいけないと思っても、どうしてもスマホをいじってしまっていた。ところが、リモート授業ではスマホ画面で受講することになり、スマホで遊べなくなってしまい、逆に授業に集中できる。

 トホホなコメントその2。このコメントを聞いたときには一瞬絶句しましたが、よく考えてみると実に示唆に富んだ発言です。トホホなコメントほど、思考を刺激してくれます。

 ひとつには、授業におけるスマホいじりの禁止に関する示唆です。「スマホいじり」は私語と並ぶ、授業進行の妨害要因です。

 ビフォー・コロナの対面授業では、私も講義中に適宜教室内を巡回し、スマホいじりに対し厳しく注意をしていました。ひとりの学生がスマホで遊んでいるのを黙認してしまうと、他の学生も「スマホをいじってもいいんだ」と判断してしまい、教室内で次々にスマホいじりが伝染し、結果として誰も授業を聴かない状況が生まれてしまうのです。「一軒の建物の窓が割れているのを修理せずに放置しておくと、それが『その地域の治安・環境に誰も関心を払っていない』というサインとなり、やがて他の窓も壊され、地域全体が荒廃する」というBroken Windows Theory(割れ窓理論)が説く帰結です。

 これに対し、学生のスマホを授業コンテンツで埋めてしまって他のことに使えなくしてしまうという発想は、毒をもって毒を制すというか、対決相手の剣豪の内懐に飛び込んで相手の必殺剣を封じるというか、とにもかくにも「物理的封殺」のパワーを感じさせます。

 ビジネス界での話として、社内システムへのコンピュータウイルスの無自覚な持ち込みを防ぐため、会社のパソコン端末への私物USBメモリの挿入を禁止した組織の話を聞いたことがあります。いくら禁止しても、データを移すのに便利なためUSBメモリの使用が横行していたのですが、会社の端末をすべて「USBポートを物理的に塞いだ特注パソコン」にしたことで、(当然ですが)USBメモリの挿入を皆無にすることができたそうです。

 対面授業再開後も、授業中に学生に示す資料をプロジェクター投影ではなく、あえて学生のスマホに送出して見てもらう、という物理的封殺法が有効かもしれません。

 もうひとつの示唆は、「非言語コミュニケーション」の重要性を私自身が過大評価していた可能性です。

 ビジネス界でコミュニケーションについて語られるときによく出てくるのが、「メラビアンの法則(アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが行った実験に関する俗流解釈と言われる)」です。人がコミュニケーションをとる時には、話の内容などの「言語(Verbal)情報」が7%、口調や話の早さなどの「聴覚(Vocal)情報」が38%、見た目や表情、身振り手振りなどの「視覚(Visual)情報」が55%の割合であり、非言語コミュニケーション、特に視覚に訴えるコミュニケーションの重要性を説くものです。

 私は、ビフォー・コロナの対面授業においては、話す内容を充実させるのはもちろんですが、視覚への訴えかけも相応に重視し、身振り手振りを交えながらしゃべり、話の転換点では教壇上での立ち位置を変えるなど、受講生の注意を引こうとしてかなり暑苦しい(?)スタイルで教えていました。