「邪悪になるな」──グーグルが以前行動規範として掲げていた有名な一文だ。だが、現実にはグーグルをはじめ、アマゾン、フェイスブック、アップル(GAFA)に代表される「ビッグテック」企業は、さまざまな問題を世界に投げかける「邪悪な存在」となっている。

 どうしてこうなってしまったのか? そして、どうするのが望ましいのか。前編では、邪悪になってしまった経緯と背景について触れた。後編となる本記事では、ビッグテックに振り回されないため、私たちがとり得る方策について検討する。(JBpress)

前編
GAFAはなぜ邪悪に堕ちたのか
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63732

(※)本稿は『邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った』(ラナ・フォルーハー著、長谷川圭訳、日経BP)より一部抜粋・再編集したものです

不完全な規制でも無規制よりはマシ

 資本主義のルールは石版に刻み込まれて伝承されてきたのではない。私たちが決め、変えることができる。ビッグテックの活動に制限を課さない限り、自由民主主義と個人の自由と安全が危機にさらされることになると、私は確信している。以下、デジタル規制のパラメータとしてどのようなものが想定できるか、例をいくつか紹介する。

 手始めに、私たちがずっと前から知っていながら、忘れてしまっていると思える事実を指摘したい。業界による自主規制がうまく機能することはめったにないという事実だ。世紀の変わり目の鉄道に始まり、1990年代のエネルギー市場、あるいは2007年ごろの金融業界など、この主張を裏づける例はいくらでも見つかる。

 その最新の例がテクノロジー業界だ。2016年以降、ビッグテックの幹部たちは何度も議会で懺悔や謝罪の言葉を口にしてきたが、ビジネスモデルという点でも、経営理念という点でも、明らかな変化を見せることはなかった。むしろ、「もっとうまくやる」という彼らの曖昧な口約束や、自らのプラットフォームを監視するのは単純に不可能だなどという嘘が、あまりにも大きな力を得た民間企業を集中的に規制する枠組みが必要である事実を証明していると言える。

 ただし、賢い規制方法を考えるのは非常に難しいと言わざるをえない。ここでもまた、金融業界が完璧な例だ。2008年以後の規制状況はとても複雑なうえ、世界各地で統一性がなかったため、体制に新たなリスクをもたらしてしまった。その結果として、トランプ政権はそのような規制の一部を撤廃することを正当化できたのである。しかしだからといって、何もしないほうがまし、という理由にはならない。近年、不完全な規制よりも無規制のほうが大きな問題になることがわかったのだから。

 では、政府がビッグテックを監視する状態をつくり、消費者と社会の利益を守り、成長の妨げになる独占を抑制し、私たちに欠かせないデジタルの利便性を維持するには、どうすればいいのだろうか?