(篠原 拓也:ニッセイ基礎研究所主席研究員)

WHOが公表した気候変動と心の問題に関する「政策要綱」

 過去最強クラスの台風14号が日本列島を襲ったばかりだが、最近、世界でも気候変動による被害をニュースで目にする機会が増えている。極端な気象として、「台風や豪雨により土砂災害が各地で発生している」「南極やグリーンランドの氷が解けて、海面水位が上昇している」「ヨーロッパでは、干ばつにより水不足になったり、食糧生産が滞ったりしている」などだ。

 そんななか、世界保健機関(WHO)は6月に、気候変動問題は人々の心の問題(メンタルヘルス)にも影響を及ぼす、との見解を「政策要綱」*1として公表している。

*1/"Mental health and climate change : policy brief"(WHO, June 2022)

 気候変動によるメンタルヘルスへの影響は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第2作業部会が2月に公表した報告書の中でも指摘されている。WHOの政策要綱は、こうした指摘を踏まえて評価や対策をまとめたものとなっている。今回は、その内容をもとに、どのような影響があるのか、具体的に見ていきたい。

 政策要綱では、そもそも気候変動がなくてもメンタルヘルスを巡る状況は深刻だとしている。精神障害を抱えている人は、世界全体で10億人いる一方、精神科医などメンタルヘルス関連の従事者は、人口10万人あたりわずか13人しかいない。精神障害の年間費用は実に1兆ドル(約140兆円=2022年9月の為替レートで換算)にのぼるという。

 気候変動問題は、こうしたメンタルヘルスの状況を、さらに悪化させることになる。

 まず、気候変動に関連する台風や豪雨で、洪水や土砂災害などの災害に遭った人は、そのこと自体に精神的苦痛を感じる。こうした極端な気象は、気候変動リスクのうち「急性のリスク」と言われる。災害を受けた人は、うつ病、不安、ストレス関連状態などのメンタルヘルス不調をきたすことが報告されている。災害で身近な人を失ったり、住み慣れた家屋が損壊したりすることで、メンタル面の影響が出るのは当然と言えるだろう。

 避難所などでの生活では、対人関係の緊張が続く。普段と異なる他人と密接した環境では、イライラ感が募りやすい。家族や身近な人などから思わず暴言や暴力を受けることもある。その結果、一時的に転居が必要となり、子どもがいる家庭では、子どもたちが別の学校に通うか、学校を休まなければならないといった事態も生じる。