ドーナツといえば、アメリカ。日本の市場はミスタードーナツが2位のクリスピー・クリーム・ドーナツを抑えてダントツだが、クリスピー・クリームどころか、ミスタードーナツだって、もともとはアメリカのフランチャイズ。アメリカでは朝食として食べることもあるドーナツ。彼らのドーナツ年間消費量は約100億個。全米では2万5000店以上ものドーナツ店があり、そのうち約5000店舗がカリフォルニア州にある。そんなドーナツの本場中の本場、カリフォルニア州のドーナツ店の90%を経営しているのは実はカンボジア系アメリカ人だとは思いもよらなかった。

『ドーナツキング』はこのドーナツ・ビジネスで2000万ドルもの大資産を築き、「ドーナツ王」と呼ばれた、まさしくアメリカンドリームを手にしたカンボジア人男性、テッド・ノイの半生を追ったドキュメンタリーである。

ドーナツの香りに魅せられたカンボジア難民

 もともとカンボジアで陸軍少佐をしていたテッドは家族とタイに赴任していたが、カンボジアの紛争が激化、国はクメール・ルージュに支配され、帰る場所を失ってしまう。難民となった一家はアメリカへ渡ることを決意。ラジオから流れる音楽と西部劇くらいしか知らなかったテッドはこの時、33歳。全財産は3000ドルだった。

 ある日、ガソリンスタンドで働いていた彼はドーナツの香りに魅せられ、一口、食べて、そのおいしさに衝撃を受ける。さっそく、ドーナツ店に「3000ドルで開業できるか」と尋ね、「ウィンチェルで修業をすればいい」と教えてもらう。その頃のドーナツ店は、東部はダンキン・ドーナツ、西部はウィンチェルの大手チェーンが主流だった。

 働き者のテッドは3カ月の研修を終え、すぐに店長となる。さらにノウハウを覚えた彼はチェーンとは別に自分の店も同時に持つことに。店名は妻の名前から「クリスティ」。当然、働き手は家族である。命からがら逃げ延び、難民キャンプでろくに食べるものもなく、何度もピンチを経験した彼らは毎日休みなく、朝から晩まで働いた。誰よりも真面目に働くうえ、人件費がかからない。家族スタッフは2世、3世が活躍する現在でもカンボジア系ドーナツ・チェーンを支える大きな労働力である。小さなうちから働き、学校から帰ればすぐに家業を手伝う。