忖度行政を引き起こすことになった内閣人事局

 その関連で、第二に、霞が関の官僚機構の改革の方向が問題である。霞が関の省庁の縄張り争いについて、かねてから「省あって国なし、局あって省なし」と言われるような状況であった。その弊害は、実際に大臣として一つの省の舵取りをするとよく分かる。

 そこで、この縦割り行政を改革し、一省庁のためではなく、国家全体のために働く官僚を養成することを考えたのである。つまり、各省の幹部人事については、内閣総理大臣を中心とする内閣が一括して行い、政治主導の行政運営を行えるように制度を変えようという方向の議論になったのである。

 こうして、第一次安倍政権のときに、「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」が設置され、次の福田康夫内閣に「内閣人事庁」構想として提案された。この提案は「内閣人事局」として法案の成立まで行ったが、次の麻生太郎内閣で設置が見送られた。その後、政権交代があり、構想は頓挫したままであったが、政権に復帰した安倍第二次内閣が、2014年5月30日に内閣人事局を正式に設置したのである。

 私は、第一次安倍、福田、麻生内閣で厚労大臣のポストにあったので、この方向での改革には賛成であった。しかし、内閣人事局の発足から6年余りが経過した今、振り返ってみると、プラスよりもマイナスのほうが大きくなっている。制度自体に問題があるのではなく、運用に歪みがあったのであり、今やその弊害が噴出している。

 それは、忖度行政であり、自民党内における安倍一強体制である。人事権が官邸に移るということは、皆出世したいので、幹部官僚は官邸のご機嫌を伺うようになる。それが、森友、加計、「桜を見る会」に見られるような忖度行政につながったのである。

 そして、それはアメリカのスポイルズ・システム(猟官制度)に近づいてくる。建国以来、アメリカでは政権交代があると、主要官庁の幹部のみならず、町の郵便局長まで交代させられるという流れであった。これがスポイルズ・システムである。

 アメリカのような大統領制ではともかく、日本のような議院内閣制でこのシステムを作動させるのは害のほうが多い。官僚機構というのは、政権が変わっても、きちんと省として守らねばならないものがある。それが近代官僚制であり、常備軍と並んで近代国家の礎である。