文=松原孝臣 写真=積紫乃

フィギュアスケートにおいて重要な役割を担う振付師。ジャンプなどの技術の難易度が上がる中、どのように振付し、芸術性を加えていくのか? 数々のトップスケーターの振付を担当する宮本賢二さんに、振付の作り方や教え方、振付師になったばかりの頃や選手との思い出など、貴重な話をうかがいました。

選手がよりよく見えるように

 フィギュアスケートにおいて、重要な役割を果たしている人がいる。「振付師」である。

 フィギュアスケートは、まず何かしらの曲が前提としてあり、その上で選手は演技する。曲に合わせてどのような動作をするのか、世界観を築くのか、そのために振付師は欠かせない。

 ただ、動作を振り付ければいいわけではない。

「規定のジャンプやスピン、ステップなどがありますが、それを曲と合わせて踊るようにつなげるのが振付師の仕事です。ただ走って跳んで、というわけではありません。エキシビションのナンバーなら、やりたいようにやるのはかまいませんが、試合のプログラムは別です。点数を獲ることを考えなければいけません」

 そう語るのは、宮本賢二である。有数の振付師として数多くの振り付けを担い、スケーターを支えてきた。

 これまでに手掛けた選手の名前をあげれば枚挙にいとまがない。 2010年バンクーバーオリンピックで銅メダルを獲得した髙橋大輔のショートプログラム『eye』をはじめ、羽生結弦のエキシビジョン、最近では宇野昌磨など、 フィギュアスケートファンでなくても名を知るトップスケーターばかりではなく、幅広い年代の、たくさんの選手のプログラムを支えてきた。今シーズンも数々のスケーターのプログラムを振り付けた。

 宮本が語るように、フィギュアスケートは、ショートプログラムならジャンプ3回、スピン3回、ステップ1回とエレメンツ(技術要素)の回数が決まっている。スピンやステップなら「レベル」があり、ルールに基づき、どのように行なったかでレベルが変わってくる。それが点数にも影響する。

 これらルール面を考慮しつつ、要素をあてはめなければならない。そのうえで、プログラムを通じての表現や世界観を構築していく役割を果たしている。

「いちばん大切にしているポイントは、その選手がものすごくきれいに見えたり強く見えたり、よりよくなるように、ということです」

振り付けをする「その場」が勝負

 では、振り付けはどのように進むのか。

「先生から依頼が来ます。そこからスケジュールを決めます。選手から話が来ても、一度先生に戻して、先生から依頼してもらうようにしています」

 先生とは選手を指導するコーチのこと。その手続きを踏むのは、きちんと筋を通す意味合いもあるだろう。

 依頼の際、どの曲を使うかを確認し、まずは聴いてみるという。そこでいったん、ストップする。

「曲を聴いたあと、選手本人と会うまでは何もしません。振り付けをするようになって1年目の頃は絵コンテを描いたりしてイメージを作っていましたが、それ以降は事前にプランを練ったりはしないでいます」

 前もって振り付けのプラン、アイデアを練り、現場に臨む。振り付けにそんなイメージを抱いている人も少なくはない。実際、ある程度頭の中で構築する振付師も多いことを考えれば、意外な感のある言葉だ。その理由を明かす。

「本人の動き、スケートをいざ見てみると、描いたイメージが合わないことがあり、ちゃんと見てからじゃないと駄目だなと気づきました」

 想像するに、大きな負担を強いられる方法ではないか。事前の準備がない分、振り付けをする「その場」が勝負の場所そのものになるからだ。言い換えれば、宮本の手腕も試されることになる。選手の動きを見て、即座にアイデアを浮かべ、組み立てていかなければならないからだ。

「めちゃめちゃプレッシャーかかりますよ」

 宮本は苦笑する。

「もっと才能があって、引き出しがあれば、簡単にできるんでしょうけど」

 以前の取材時、宮本は、常日頃から、美術に触れたりするなどして、磨きをかける努力をしてきた、と語っている。

「美しいものには触れておきたいから、という思いからです」

 そうした積み重ねが、引き出しとなっているのだろう。

まずはいっぱいステップを入れる

 いざ振り付けで心がけているのは、「いかに分かりやすく伝えるか」。

「『アイスクリームが溶けるように』とか、その選手、その選手に、分かりやすい表現、言葉を使うようにしています。そういう言葉もまた、周囲を観察するなどして、出てくるようになります」

 フィギュアスケートは毎シーズン、大きいときもあれば小さいときもあれば、いずれにしてもルールがかわる。振り付けもそれに対応しなければならない。さらに「流れ」もある。例えば、男子が4回転ジャンプを取り入れ、多くの種類、多くの本数を追求する動きもその1つだ。それも取り込んでいかなければならない。

 それでも、振り付けをするときにこだわる部分がある。

「まずはいっぱいステップを入れます。4回転ジャンプを跳ぶとしても。もちろん先生と相談します。ここまで入れるとジャンプを跳ぶ時間がなくなる、じゃあこうしましょう、と。ただ、まずはぎりぎりまで入れます」

 その理由を、こう語る。

「そうじゃないと、やっぱり、ただ滑って、跳んで、という演技になってしまうじゃないですか」

 数多くのプログラムの振り付けをしてきた宮本にとって、どのプログラムが心に残っているのか。

 すると宮本は、きっぱりと答えた。

「全部が自信作です。全部をみんなに観てほしいです。どれも選手が一生懸命やってくれて、その日のうちに筋肉痛になるくらい、取り組んでくれている。そういう姿を見ていると、全部が会心の作やな、とほんとうに思います」

 その言葉はすべてに全力を尽くしてきた自負でもあった。

 誇りを持ち、惜しみないエネルギーを注ぐ宮本賢二。日本を代表する振付師は、どのように誕生したのか。(続く)

宮本賢二(みやもと・けんじ)振付師。シングルに取り組んだあとアイスダンスに転向、全日本選手権優勝、世界選手権出場など数々の活躍ののち、振付師として活動。羽生結弦、荒川静香、安藤美姫、髙橋大輔などトップスケーターの振り付けを行なう。

(松原 孝臣)