文=松原孝臣 写真=積紫乃

伊藤聡美「最初は不安だった」村元&髙橋からの依頼(第1回)
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軽量化が求められる衣装

 フィギュアスケートの衣装は、スポーツである以上、通常の服に求められるものとは異なってくる。

 重量もその1つだ。

 コアなファンの方以外でもなんとなく認知しているだろうと思うが、フィギュアスケートで大きな変化を遂げた1つに、ジャンプがある。

 男子は、4回転ジャンプを1本入れるかどうかという時期から、複数本、複数の種類を取り入れる姿勢が顕著になった。今では、フリーであれば5本入れる選手もいる。

 女子もまた、4回転ジャンプを跳ぶ選手が現れ、浅田真央しか跳んでいない時期もあったトリプルアクセルを習得する選手も少なくなくなった。

 ジャンプに限らず、プログラムの密度をより高めようとする選手もいる。だからより激しい動きが必要になる。

 すると、「道具」の重さも気になってくる。スケート靴、靴についていて氷と接する「ブレード」と呼ばれる金属の部分を軽くしたいという欲求が生まれる。

 そして衣装も軽量化を求められる。

 勤めていた会社から独立して2015年にフリーとしてのキャリアをスタートさせ、今日まで歩む中で、伊藤もその要請に応えてきた。例えば羽生結弦の衣装の重量も変化してきた。

「2015年の頃の衣装は約850グラムありましたが、『秋によせて』『Origin』はどちらも約610グラムにおさめています」

 あるいは『SEIMEI』もまた2015-2016シーズンのものと、その後のものとでは異なる。最初のシーズンのものは衣装の広い部分にビーズの刺繍がちりばめられているが、のちの衣装では、大きく変わっているのも、軽量化の意図があっただろう。

 だから衣装に用いられるラインストーンもまた、重さを考慮する材料の1つだ。

「肌色」は選手に会って決める

 フィギュアスケートの進化に伴い衣装に求めるものの変化、という以前に、スポーツであるからこそ、そもそも生地1つとっても、通常のものとは異なる。ツーウェイの伸縮性のある生地が使われる。なおかつ、軽量化のためにより軽い生地が求められる。

 ただ、機能性のみから衣装に用いる生地を求めるわけではない。当然、デザインや選手との相性から選ばれる。例えば、ベージュの生地。選手の肌との相性を考慮し、選択する。

「画像などで選手を見てから、これかな、という色を何種類かそろえておいて、会ったときに合わせてみます」

 ときには、会ってみると思っていた肌色と違うこともあるという。違う、と言っても、そこは繊細な感覚で捉えられる相違にほかならない。

 さらには、生地そのものへのこだわりが数々の心に残る衣装の誕生に結びついた。

「こういう伸びる素材でレースのものって珍しい」

 たくさんの生地が並ぶ店内でぱっと目に映った生地を手に取り、伊藤がつぶやく。吊るされた生地の中から、「これは」というように、選んでは手に取っていく。そこには、ただ生地そのものへの愛着が感じられる。

「見ているだけで楽しいです」

 と、笑顔を見せる。

海外から取り寄せたお気に入りの生地

 伊藤は、衣装の依頼があってから生地を買うばかりでなく、「素敵だな」と感じた生地を購入することも珍しくない、と語る。

「どうしても素敵だなと思うものは海外から取り寄せて買います」

 国内でも、ときに海外からも、気に入った生地を手に入れる。だから、まだ衣装に使われたことのない生地が手元にある。いつかは、という思いを抱きつつ、陽の目があたる日が来るのを待つ生地がある。

 そうした生地が形になった例がある。宇野昌磨の『トゥーランドット』だ。2018年の平昌オリンピックで銀メダルを獲ったときのフリーのプログラムである。

 袖に使われているのは、製作の5年ほど前に、イギリスの生地屋から購入したものだった。

「一目ぼれして、送ってもらいました」

 それからずっとあたためていて、出会ったのが『トゥーランドット』であったのだ。

 伊藤のデザイン画を目にする機会が何度かあった。また、衣装をどうデザインしたのか、構想について聞く機会もあった。それらにうかがえたのは、選手が着用したときの全体像を思い描く力だ。

 一方で、生地を手に取るときの目線や手触りを確認している姿、生地について語る言葉に感じられるのは、細部へのこだわりだ。その両面を持ちつつ、世に送り出される衣装は高く評価されてきた。

 生地という素材を通して、そんなことを思った。

伊藤聡美(いとう・さとみ)エスモード東京校からノッティンガム芸術大へ留学。帰国後、衣装会社に入社し2015年に独立。国内外の数多くのフィギュアスケーターの衣装デザイン、製作を担う。21年3月、『FIGURE SKATING ART COSTUMES POSTCARD BOOK』を刊行。

(松原 孝臣)