小さいものが、大きなものを呑み込むこともある。

 密教は歴史上かつて、2度、大帝国の国教となり隆盛を誇った時代があった。

 最初が、世界帝国の唐、その次にチンギス・カンが築いた遊牧国家、モンゴル帝国である。

 この2つの大帝国は、中央アジア、東南アジア、北東アジア、そして日本に政治、文化など大きな影響を与えた。

唐の危機を救った密教の呪術

 密教が巨大帝国に影響を与えた唐の時代の話である。

 玄宗皇帝の寵愛を受けた楊貴妃とその一族に対し、安禄山とその部下、史思明らが、楊貴妃の一族を排除するため「安禄山の反乱」(755年から763年)を起こした。

 発端は楊貴妃の従兄で宰相となった楊国忠と安禄山との対立である。当時、安禄山は皇帝の玄宗から軍を任され多くの兵力が委ねられていた。

 安禄山は挙兵すると、唐政府軍に連戦連勝し、首都長安を制圧。

 楊貴妃は皇帝を惑わせた罪を着せられ、玄宗の意を受けた部下により絞殺。そして玄宗は退位。息子で皇太子であった粛宗が皇帝に即位する。

 粛宗からの勅命により、長安の大興善寺に入った中国密教の大成者、不空は護摩壇を築き怨敵調伏(祈祷によって敵を呪い殺す)の呪術を朝敵である安禄山にかけた。