中国の暴虐の果てに見える真の独立

 わが国の存立が中国によって根本的に脅かされ、日米安全保障条約が期待通りに機能しない場合、日本は今日のように米国の利益や都合に合わせて自国の国防を考えるのではなく、自らの利益に沿って自らの運命をコントロールできる秩序を欲するようになる。米国も中国への対抗上、日本の独立を認めざるを得なくなるだろう。

 その時には、わが国はすでに相当の犠牲を出しているだろうが、「ショック療法」なしに平和ボケの夢は覚めないのではないか。そうした中で、米国との同盟関係は維持発展させつつも、敵がそれ以上わが国を攻めても勝つことができない、単独で中国を抑止できる実力を保有することが国民に支持されるようになる。

 具体的には、中国の侵略という非常事態で、憲法第9条の効力が平時の手続きによらずに停止され、日本の核兵器・ミサイル開発と配備が始まる可能性がある。中国を抑えたい米国による日本の核兵器開発支援という歴史の皮肉が起こるか、注目だ。いずれにせよ、最終的に日本は重要な地域勢力として、自国の安全を脅かす国の侵略コストが耐えがたいほど高くつく軍備を持つようになるだろう。

 しかし、その画期的な転換は、より意義が深い日本の変化をもたらす。それは、国家理念の再定義だ。アジア近隣国との関係性の構築失敗、指導原理の構造的な欠陥、国力を超えた軍事的拡張など、大日本帝国の失敗の原因に深く学び、今やその轍を踏む覇権中国を反面教師となし、「日本とは何か、どうあるべきか」が新たに自ずから決まってゆくのではないか。

 アジアとの関係性においては、覇権中国とその属国たる北朝鮮や韓国の暴虐を許さないという共通の目的の下、先の大戦時に日本が侵略した国々と共に戦う。それは、敗戦後のわが国に貼られた「侵略者」「残忍な国民」とのレッテルを覆すチャンスである。

 過去の日本の加害性は決して消えるわけではないが、国際社会が日本を「中国による侵略の被害者」として捉え直すことによる、日本の国際社会におけるポジションの変化と改善が期待できる。中国共産党の覇権追求が引き起こす日本の転換は、すべてを解決する魔法ではないにせよ、「戦後」を終結させ、歴史問題の抜本的な解決へとつながってゆこう。