(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 微笑みの国、タイ。日本にも馴染みがあり、観光先としてインド洋大津波(2004年)の発生した頃は、出稼ぎに来る隣国マレーシアに次いで、日本人の入国者数が2番目に多かった。だが、昨今は圧倒的に中国人、その次にマレーシア、インドと続く。

 また、水産加工品をはじめ、もともと日本へ供給される食料も多い。そこへ中国輸入食材のいわゆる“毒食”問題が発生する度に、食品製造業のサプライチェーンは一時的にタイへの依存度を高めた。チャイナ・リスクに備えたプラス・ワンの役割を果たしていた。

 私も、タイの食料供給基地をはじめ、インド洋大津波の災害現場など、取材でほぼ毎年のようにタイを訪れていた。

 そのタイで異例の事態が起きている。学生たちを中心に抗議デモが相次ぎ、20日には首都バンコクで王宮に向かって大規模な行進が行われた。地元メディアによると、その参加者は約5万人とされる。

 そこでもっとも驚かされること――というより前代未聞なのは、現政権への批判に加えて、王室改革を叫んでいることだ。

国歌演奏中の「咳払い」も不敬罪に

 国王を国家元首とする“王国”であるタイには「不敬罪」がある。

 例えば、映画館で映画が上映される前には国歌と国王の映像が流される。観客は立ち上がってこれを静聴する。ある日本人がこの最中に痰が絡んだことがあった。それだけでたちまち警察に連行されてしまった。外国人で事情を知らなかったということで釈放されたはいいが、タイとはそういう国だと現地で長年暮らす在留邦人から、教訓として聞かされたことがある。

 また、バンコクの要所では午前8時と午後6時に、国歌が流される。私が体験したところでは、ルンピニー公園で朝、散歩どころかジョギングをしていた人ですら、そこで立ち止まり、直立不動で国歌を聴く。夕刻のラッシュアワーには、BTS(バンコク・スカイトレイン)の改札に急ぐ人たちも一斉に立ち止まる。異邦人の私はどうしていいかわからないまま、つられるようにいっしょに歩みを停めた記憶だ。