3.習主席によるTPP参加検討表明の意図

 2020年11月20日、APECアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場において、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の成立直後というタイミングで、習近平主席が環太平洋経済連携協定(TPP11)への参加を積極的に検討する意向を表明した。

 中国のTPP参加については、2018年初頃には中国政府内部で検討をすべきであるとの議論が対外開放や市場経済化の推進を重視する一部の部門で出始めていた。

 2019年に入ると、政府関係部門の間で横断的にTPP参加について検討する動きが広がった。

 中国がTPPへの参加に積極的に取り組む姿勢を表明したのは、こうした政府内部の検討を踏まえた改革開放路線重視の方針に基づいていると理解することができる。

 習近平主席がこのタイミングで意向表明を行ったのは、米国がバイデン政権の下でTPPに戻ってくる可能性があり、中国としてはその前に参加しておかないと、参加条件を厳しく設定され、長期にわたって参加が難しくなることを懸念しているためと見られている。

 この間、米国議会は米国政府が自由貿易を促進してきたことが米国労働者の雇用機会を奪ったとの立場から、自由貿易を促進する政策に強く反対している。

 このため、今後少なくとも2〜3年は米国のTPP復帰はあり得ないと見られている。中国政府はその時間を利用して、TPP参加交渉を円滑に進めたいと考えていると推察される。

 いずれにせよ、中国政府はさらなる自由貿易体制の強化を目指しており、そのために必要となる国内経済システムの改革を推進することにより、内外両面において経済基盤の強化を図ろうとしていると筆者は見ている。

 これは自由貿易を重視する日本や欧州諸国などにとって歓迎すべき方針だ。

 中国政府がそこまで改革を急ぐ理由は何か。それは高度成長期の安定した経済状態を保持できる期間が残りわずかになっているからである.

 中国がTPPに参加するためには、国有企業改革、知的財産権保護強化、補助金削減、関税引き下げなどクリアしなければならない難題が多い。

 これらの課題をクリアするためには既得権益層にとって様々な痛みを伴う改革が必要となる。

 もし経済状況が不安定な場合には、こうしたリスクをとることに反対する意見が強まり、実行しにくくなるのは明らかである。

 2020年代の後半には少子高齢化の加速、都市化のスローダウン、大型インフラ建設の減少などを背景に高度成長時代の終焉に直面することが予想されている。

 いま経済構造改革を先送りすれば、経済全体の効率の改善が遅れ、経済成長が低下する不安定な局面でより多くのリスクを抱えることになる。

 そうした事態を回避するため、高度成長が続いている今のうちに改革を進め、自由貿易体制に適合した効率的かつ安定した経済構造を確立しておくことが急務となっている。

 以上のような長期的な視点からの政策判断に基づいて、中国政府がTPP参加に積極的に取り組もうとしていると筆者は見ている。

 中国政府の政策責任者は中国経済が直面する課題を短期・中期・長期に分けて前広に把握し、経済不安定化リスクを回避するために必要な各種対策を的確に実施してきた。

 それが1980年代以降、40年以上の長期にわたって中国が安定的に高度経済成長を実現できた主因である。

 中国の政策当局者はグローバル経済の予期せぬ変動や国内の様々な構造問題等に直面しながら、中国経済のリスクを慎重に見極め、事前に回避する政策努力を積み上げてきた。

 中国経済の巨大な規模や複雑な経済社会構造を考慮すれば、これまで中国の経済発展の基盤を支えてきた改革開放路線とそれに基づいて緻密に積み上げてきた政策運営システムを突然変更することは考えにくい。

 不安定化リスクが大きすぎるからである。

 これまでの経済発展と政策運営の成果を今後も引き続き生かせるよう経済基盤を総合的に整備していくことを目指すはずである。

 中国政府はこうした判断に基づいて、自由貿易体制の強化とそのために必要とされる国内構造改革を推進していくため、TPP参加を選択していると見るべきであろう。