文・写真=沼田隆一

日本人の眼

 ニューヨークはワクチン接種がエネルギッシュに進み、COVID-19による制限が緩和されてきている。マスク着用の義務も緩やかになり、秋にはブロードウェー公演も再開される見込みがついてきた。賑わいのなくなったタイムズスクエアには、ショービジネス関係者専用のワクチン接種会場ができている。

 さて、久しぶりにマンハッタンのオープンカフェでマスクをしながらも春の日差しを浴びていると、昨年の緊急事態宣言が出てからの日々がスライドショーのように脳裏を過ぎていく。私も含めWork from Home(在宅勤務)が続くなか、曜日の感覚もあいまいになるBlursdayといわれる状態から脱している人たちの表情は明るく、交わされている会話もハ長調である。まるで長い冬眠からようやく覚醒している感がある。

 そんな人たちの顔は実にバラエティに富んでおり、ピープルズ・ウォッチングが好きな私にとってマンハッタンは格好の場所である。しかし、春を愛でている心のなかには澱のようなものがある。その澱はニューヨークに住み始めて30年あまり、いやそれ以前から心のどこかに存在し、それとじっくり対峙してみたい欲求にかられながらも、それがあまりにも恐ろしく、複雑で、センシティブで、エクスプローシブであるがゆえに、意識的に遠ざけていたようだ。それとは、日本では日常的に見聞きすることのない”人種差別”である。

 今まで私自身も被害者になったことがあるし、また、無意識だけれど加害者になっていたであろうとも思う。1982年にリリースされたスティーヴィー・ワンダーとポール・マッカートニーの”EBONY and IVORY"という曲は、白人と有色人種をピアノの黒鍵と白鍵にたとえた、ふたつのキーがあるから完全なハーモニーができるという内容だ。思い出す人も多いだろう。あれから約40年、かなしいかな完全なハーモニーはまだ出来上がっていない。

 私がカリフォルニアの大学院にいた1970年代、ルームメイトはイラン人だった。そのころ、イラン人学生がテヘランのアメリカ大使館を占拠する事件があり、キャンパス内ではイラン人留学生だけでなく他のアラブ諸国の学生までも、イスラム教徒であるというおおざっぱな理由で一括りにされた。そして、白人学生を中心としたハラスメントが彼らに向けて多く発生した。

 あるときルームメイトの彼は、イランから持ってきた細長い形をしたナッツを私にくれながら、我々はこれを”日本人の眼”と呼ぶんだ、と口に運びながら言った。続けて日本人の眼は細いからね、と屈託なく笑った。しかし、私は笑えなかった。なんだか行き場のない憤りを感じたことを覚えている。ジョークとして放った言葉かもしれないが、その悪意の不在(Absence of Malice)の言葉を言い続けて拡散すれば、それがノーマルとなるという恐ろしい法則を見つけたからだ。

 今回も前大統領の稚拙で思慮のない、一国を名指しで非難する言葉が不運にもSNSでノーマライゼーションを加速させ、COVID-19で精神的不安と経済的に追い詰められている人たちの行き場のない憤りの導火線に火をつけた。改めて現代のコミュニケーションの形態は”両刃の剣”であると自覚させられた。

Black Lives Matter NOW

 建国以来アメリカは、人種差別と民主主義の親和しない二つを内包し続けている。1960年代は黒人差別に対する運動があり、公民権運動を語るうえで特別な時代であった。これは大きなエポックメイキングになっただけでなく、人種の壁を越え、政治家、宗教家、アーティストなど様々な人々が声を上げる契機となった。そんななか、東部のユダヤ系の若者もその運動の支援のため南部に向かう。この時点では、紀元132年、ハドリアヌス帝ローマ軍とのバル・コクバの乱(第二次ユダヤ戦争)に負けて以来、様々な国で迫害を受け続けていたユダヤ系の住民と、黒人社会が結びつくと思われた。

 しかし現在、ユダヤ系の人たちは差別を受けながらもその社会的地位を確立し、経済的にも豊かである。一方で、黒人社会はそのようにはならなかった。”おいてけぼり”感や失望感、孤立感をひきずりながら今に至っている。スパイク・リー監督の代表作『マルコムX』(1992年製作)では、この部分を鋭く描写していた。

 まだ記憶に新しい南部の人種隔離政策や、マーティン・ルーサー・キング牧師事件などのセンセーショナルな映像は、一定の効果を生み出し黒人差別問題は一応の前進をみたものの、人々の心にはあまり深く定着せず、火種を残したままになったように感じる。

 コロナワクチン接種が加速している今でも、この国にはAnti-vaxxerと呼ばれる狂信的なワクチン反対論者がいる。また一部の黒人層がもつVaccine Hesitancy(ワクチン接種に対するためらい)は、過去に起きた「タスキギー事件」が理由だと言われている。これはアラバマ州に住む黒人399名が、梅毒に罹患していることを知らされず治療もされず、その経過観察のためだけにアメリカ公衆衛生局が主導した、人体実験(1932年から1972年まで実施)だ。日本で知る人の数少ない悍しい事件である。

 そして2019年、インディアナポリス起きた白人警官による黒人男性死亡事件をきっかけに、今までよりも力強いBLM(Black Lives Matter)運動が始まった。それまで心の片隅にしかなかった人種差別への関心が高まり(とはいっても、他国に比べると人種差別に関するセンシティビティは高いと思うが)、今まで以上に人種差別撲滅のための様々な行動がなされてきている。しかしながら相変わらず、黒人が白人警官に射殺される事件は後を絶たない。

黄禍再び。アジア系住民へのヘイトクライム

 今までアメリカという国のなかで、少なくともニューヨークは様々な人種のデリケートなバランスを保ちながら運命共同体を構成できている、と考えていた。ところが黒人差別問題だけではなく、COVID-19パンデミック以降、多くの都市でのアジア系住民へのヘイトクライムやハラスメントを、連日のようにメディアは報じている。アジア系アメリカ人同盟(AAF)によると、昨年のヘイトクライムはニューヨーク市だけで約500件の報告がされているけれど、立件されたのはわずか30件ほどだという。

 40年近く住んでいるこの国で、しかも多くの人種が住み暮らすニューヨークで、ここまであからさまに暴力や暴言でアジア系住民を攻撃する不幸な出来事を、私はかつて見たことも経験したこともなかった。不幸にも前大統領が政治の道具としてつくり上げた”チャイナウィルス“や”カンフル”(カンフーとインフルエンザでつくった造語)は、黒人社会よりはるかに小さいアジア系住民社会をさらに脆弱な存在にしている。

 近年、中国本土からの移民が急増している。が、それでも黒人社会やヒスパニック系社会と比較すれば、まだマイノリティのほんの一部である。これまでもアジア系への差別や偏見はあったし、侮蔑する言葉も存在していた。アジア人被害者は周りを気にして届け出ない。波風立てないという態度であり、問題とされなかったのも事実である。さらに最近は、今世紀最大の地政学上の挑戦と言われる米中関係も悪化し、アジア系へのヘイトクライムを助長している。またさらに胸が痛むことは、加害者や容疑者の多くに人種偏見を受けてきた人たちがいることである。

 マンハッタンの住民にとって、中国をはじめ日本、ベトナム、タイ、韓国などの料理は日常生活の一部である。街角にはあらゆる国のフードトラックに行列ができている。それぞれの故国や祖国にちなんだパレードやお祭りがあり、人種を超えそれを楽しんでいる。そんな街でヘイトクライムは起こっている。ダブルスタンダードと簡単に言い捨てるには、問題が大きすぎる。

 社会が危機に直面しているとき、人々はうろたえ行き場のないフラストレーションを感じる。混乱するのは当たり前のことである。しかし、国家権力はその社会不安を真正面から受け止る努力をせず、スケープゴートとしてアジアの一国を選んだのだ。その国を故国や祖国とするアメリカ国民がいることをマイノリティのごく一部であるがゆえに、無視することは許されてはならない。

 ようやくこの不幸なヘイトクライムの急増で、アジア系住民が声を上げだしたことは大きな一歩であり、こんごも、この声を発し続けることを忘れてはならない。この国は声を上げないものに耳を貸そうとはしないのだから。