韓国の諸悪の根源だと思っていた李承晩だが・・・

 聖書マタイによる福音書27章25節で、イスラエル民族はイエスと強盗バラバのうちのどちらかを釈放する場面で、総督ピラトが目の前にいるイエスを釈放しようとした時に、「(イエスを)十字架に付けろ」「その血の責任は我々と我々の子孫にかかっても良い」と答えている。

「なんか今の韓国に似てない?」
「神を捨てて共産主義に走っているこの国は、亡びるよね?」
「李在明を大統領に選んだ時点で完全に終わりじゃない?」

 立て続けにどんどん聞いてくる。目の付けどころは面白いが、聞く相手を間違えると大変なことになりそうな質問である。

 物は考えようだが、もともとこの国は、神の存在を否定する共産主義勢力によって建国された北朝鮮に対して、信仰のある者たちによって建国された。朝鮮戦争前後の混乱の時期に、朝鮮半島のキリスト教信者たちは信仰の自由を求めて南に逃げ延びてきたからだ。

 実際に大韓民国の初代大統領、李承晩は建国以前から「神のみ言葉を盤石として義のある国を建てよう」と発言していた。米国留学していた彼は、日本統治時代のほとんど時期を米国で過ごしていたため、キリスト教信者でかつ反共産主義者だった。

 筆者は日韓関係のややこしい問題の何点かの原因は、李承晩によるものだと思ってきた。李承晩ラインによる竹島問題を筆頭に、上海臨時政府の設立、そして朝鮮戦争時の無能な戦闘指揮能力など、言い出したらきりがない。

 12年に及ぶ独裁政権を手放した後には、ハワイに亡命した。そこで晩年を迎え、結局、責任を取らずに、逃げて逃げて終わった李承晩の人生である。日本人的視線で見ると、この人物がこの国の諸悪の根源のようにも見える。

 しかし、左翼勢力に扇動され、同調圧力が強くなっている昨今の韓国社会の中で、また違う角度から歴史を振り返ってみると、今までのイメージとは異なる李承晩の一面が浮き上がる。