(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

 旧ソ連の初代にして最後の大統領を務めたミハイル・ゴルバチョフが8月30日、モスクワの病院で死去した。テレビのワイドショーなどを見ていると、「こんな時期だからこそ、いてほしい政治家だった」とか、「平和と民主主義を追求した人だった」などの発言がコメンテーターからしばしば聞かれる。プーチンとは大違いというわけだ。強い違和感を持った。

 ゴルバチョフは私がまだ日本共産党にいた1985年にソ連共産党書記長に就任し、民主主義の要素を取り入れるグラスノスチ(開放)政策、経済の効率化を図るペレストロイカ(再構築)政策に取り組んだ。だがこれらの政策は、アメリカとの軍拡競争や、一党独裁政治のもとでの経済的疲弊、政治的行きづまりから、やむを得ず行われたものだった。軍拡競争でも、経済発展でも、アメリカ・資本主義陣営に負けたというだけの話だ。

骨の髄まで染みついた大国主義

 しかもスターリン以来の「大国主義」(軍事力や経済力などが強大な大国が、他国や他民族に対して自国の立場や主張を支配的、強権的に押し付けること)は、ゴルバチョフ時代もまったく変わらなかった。

 スターリン時代のソ連の大国主義は世界にとって有害そのものだった。ヒトラー・ドイツがヨーロッパへの侵略戦争を開始しようとするその時に、スターリンはヒトラー・ドイツと不可侵条約を結んだ。この不可侵条約には、両国が東ヨーロッパとバルト3国を分け合う秘密協定まで結ばれていた。ソ連は戦後、ファシズムと戦った国とされ、プーチンもそれを自慢しているが、そのファシズムの跋扈(ばっこ)を許してきたのもソ連なのであった。