弁護士が見た、ウィズコロナ時代の労務トラブル

井上紗和子 いのうえ さわこ
多湖・岩田・田村法律事務所 弁護士

弁護士(第一東京弁護士会所属)。京都大学法科大学院修了後、多湖・岩田・田村法律事務所に入所。人事労務全般の相談、労働訴訟・労働審判・仮処分の係争案件対応等を中心に取り組む。人事担当者等を対象としたセミナー講師を務めるほか、『ウィズコロナ時代の安全配慮義務』(ビジネスガイド2020年9月号、共著、日本法令)、『企業活力生み出す 副業・兼業運用術』(労働新聞2020年3月〜9月、共著、労働新聞社)など、執筆多数。

 ウィズコロナ時代、企業側の労務トラブル相談を受ける限りにおいて、トラブルの内容自体は平時と大きく異なるものではない。もっとも、その解決方法については、この時代特有の事情(考慮要素)を踏まえる必要があると感じている。
 本稿では、その特有の事情について、具体例と併せて紹介したい。企業が労務トラブルを解決するに当たっての一助となれば幸いである。

ウィズコロナ時代に生じる問題

[事案1]売り上げ減により賃下げや整理解雇をしたい
 筆者が企業の人事労務担当者と話をする中で、コロナショックで売り上げが落ち、労働者の賃下げ(特に基本給)や整理解雇を行いたいとの相談が増えている。
 しかし、賃下げは労働者の最も重要な労働条件の一つである賃金の減額であることから、また、整理解雇は労働者の生活の基盤である収入を絶つこととなるものであることから、それぞれの有効性は裁判所において厳しく判断されることになる。

 まず、賃下げの有効性に関しては、主として、①就業規則の変更による賃下げの場合、変更に合理性があるか否か(労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況等)等、②個別同意による賃下げの場合は、同意が真摯(しんし)なものであるか否か(労働者が当該変更に同意することが合理的といえる事情があるか)が問題とされる。
 次に、整理解雇の有効性に関しては、㋐人員削減の必要性、㋑解雇回避努力義務の履行、㋒人選の合理性の有無、㋓手続きの妥当性の有無、という整理解雇の4要素を満たす必要がある。
 これらの考慮要素に関するコロナ禍特有の事情としては、雇用調整助成金(特例措置)が挙げられる。新型コロナウイルス感染症の影響で労働者を休業させた場合には、1人1日1万5000円を上限額として、労働者へ支払う休業手当等のうち最大10/10が助成されるのであり、同助成金の存在を踏まえて、これを最大限に活用してもなお賃下げや整理解雇を避けることができないのかを検討する必要がある(賃下げの場合:変更の必要性、整理解雇の場合:解雇回避努力義務の履行)。
 この検討が不十分であった場合には、賃下げや整理解雇が無効と判断される可能性が高まるであろう。実際、8月には、仙台地裁で雇用調整助成金を申請していない中での整理解雇を無効とした決定が下された。

 コロナ禍においては、賃下げの前に、まずは残業の抑制や、通勤手当の整備(定期代支給から実費支給へ変更する代わりにテレワーク手当を支給することも一案)、賞与の減額・不支給、定期昇給の停止等を検討すべきである。
 また、コロナ禍で整理解雇を行わざるを得ない場合は、必要な手順を踏んだ上で、どうしても整理解雇が必要なのかを、より慎重に検討する必要がある。

[事案2]遊びに出掛けた社員を懲戒処分したい
 会社が社員に対し人混みを避けて行動するよう呼び掛けている状況で、居酒屋等に飲みに行った社員を懲戒処分できるか、という相談も多い。会社として、社員の安全や事業継続に対するリスクの低減、他の社員への抑止力の観点から、懲戒処分を科したいと考える気持ちは分かる。
 しかし、勤務時間内や会社施設内であれば、企業が労働者の行動を一定程度制限することも可能ではあるが、それ以外の私的領域を過度に制約することはできない。そのため、懲戒処分ではなく、注意指導にとどめるべきであろう。

コロナ禍が間接的に労務トラブルに与える影響

[事案1]問題社員を退職させたいとき
 問題社員に対して退職勧奨を行う場合、一定の退職金の支払いや年次有給休暇の買い取り、再就職支援等のパッケージを提案しつつ、企業と労働者で合意点を模索することがセオリーである。
 しかし、ウィズコロナ時代においては、労働者が他企業で再就職することは平時より難しく、今後の見通しが立ちづらいことからか、退職勧奨に応じる労働者が減っているように思われる。企業として、どうしても労働者(問題社員)に退職してもらいたいと考えるのであれば、退職金をより増額する、労働者側の希望する条件を受け入れるなどの対応が重要になるであろう。
 なお、企業は、退職勧奨により労働者を退職させた場合、前述の雇用調整助成金の助成率との関係も問題となるため、これを踏まえて慎重に検討することが求められる。

[事案2]裁判所での和解交渉のとき
 裁判所における和解交渉の場面では、企業の売り上げ減や経営難を前提とした解決金交渉がなされることが増えた。企業がこうした事情を一因として解決金の減額交渉を行った場合、裁判所や労働者側も、一定程度は企業側の事情に配慮してくれているように感じる。
 もっとも、企業側が一様に「コロナ禍で経営状況が厳しいから解決金額を譲歩してくれ」と言うだけでは、裁判所に労働者側の説得に協力してもらうことや、労働者側に納得してもらうことは難しい。
 多額の解決金を捻出できないことを十分に説得的に説明できるよう、財務諸表等に基づいた資料を作成するなど、工夫することが重要である。

社内に新型コロナウイルス感染者が出た場合の対応

 労使間の法的トラブルとは趣が異なるが、自社の社員に新型コロナウイルス感染者が出た場合の企業の対応にも留意しておく必要がある。
 この場合、事業場の消毒作業や、当該感染した社員、濃厚接触した社員、顧客等に対するアナウンスに関しては、保健所の指示に従い、滞りなく進められている企業が多いように感じる。しかし、見過ごされたり後回しにされがちなのが、他の社員(濃厚接触していない社員)へのアナウンスである。
 社内に感染者が出たことについては、何らかの形で他の社員の知るところとなる。その際に、自社がどのような措置を取ったか、自身(ひいてはその家族)に感染の危険が及ぶことはないのかなど、多くの社員が不安を感じるであろう。このような不安感を放置しておくと、会社への不信感へとつながりかねない。会社としては、社員に不安を与えないよう、適切な時期に適切な説明を行う必要がある。
 一方で、感染した社員の個人情報・プライバシーの観点も忘れてはならない。実際に、「コロハラ」などの問題も生じているところである。
 現在、感染者数は減少傾向にあると思われるものの、いつ自社の社員がその対象となるかは分からない。企業としては、社内に新型コロナウイルス感染者が出た場合に備えて、当該感染者向け、顧客向け、社内向け、それぞれの対応マニュアルを作っておくことが有益であろう。

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