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「主人が病気になった半年間は、四六時中、一緒にいました。結婚して20年で初めてでしたね(笑)」と妻の香織さん(45)が明かしたところ「僕はどちらかというと家にいたくない人だったんで。外で好き勝手やりたいタイプだったんです」と照れ笑いするのは、ボクシング元WBA世界チャンピオンの竹原慎二(45)。

3年前に膀胱がんで「余命1年」を宣告され、不屈の闘志で生還。その闘病に寄り添い、献身的に支えたのが妻の香織さんだった。結婚して20年になる夫妻。がんになるまで夫婦にこれといった危機もなく、「女性問題もまったくありませんでした」と微笑む香織さん。13年1月、膀胱に初めて異変を感じた竹原。頻尿が気になり、長年のかかりつけだったホームドクターのもとへ。診断は“膀胱炎”とのことだった。

しかしこれが約1年もの間、がんを“見落とす”端緒となった。竹原は、その経緯を6月20日発売の著書『見落とされた癌』(双葉社刊)に綴っているが、あらためてこう語る。

「膀胱炎と診断したのは01年から付き合いのあった先生でした。その年の8月、所属選手の試合のため韓国へ。そこで僕がトイレへ何回も行くので、女房が焦って『違う病院で診てもらったら?』と言ってくれたんです。先生は『酒の飲み過ぎだよ。あとは何の問題もないんだから』なんて言うだけでした。女房の言うことを聞いて、そこですぐに別の病院に行けばよかったんですが……」

香織さんが「試合会場からタクシーでホテルに戻る際も、何回も車を止めてトイレに行くんです。でも『トイレに行っても尿が出ない』と言うので、とても心配になりました」と言い添える。急変したのは4カ月後の大晦日。大量の血尿が出たのだ。驚いた竹原は年明けに、別の医師の診断を仰いだ。

《癌だね…あっさりとそう言った》(前出の著書より)

「もう、頭が真っ白。女房にすごく怒られそうな気がして(苦笑)。家に帰って『がんだった』『どこのー!?』『わからない』『なんでわからないの!』って。パニックになってて……」

検査手術の結果、“膀胱全摘”との宣告が。このころはよく夫婦で泣いたと香織さんは言う。

「病院帰りの車中で、泣いていましたね。それまで、夫が泣いたところを見たことがなかったのに」

がんは結果的に“リンパ節の転移”まで進み、「5年生存率は25%」と言われた。「さすがにそのときは、ひどく精神的にも参ってしまい『死ぬなら家で死にたい』と、妻に告白しましたね」と竹原は振り返る。

しかし妻の励ましで抗がん剤治療をし、そして手術を受けると決断。11時間もの大手術。膀胱を摘出し、自らの腸を切って新しい“人工膀胱”を作る、最先端ロボット手術「ダヴィンチ」だった。東大病院では2例目だったものの、術後の苦しさは壮絶だったという。

「術後、すぐ目が覚めたんですが、痛さは半端じゃない。もう1回手術やれって言われたら死ぬのを選ぶかも(苦笑)。尿も3時間ごとに出さないといけないから、夜中にも起きる。おしっこ出すのも、グーッと踏ん張って2〜3分かかるんです」

その後も、辛いリハビリや免疫療法など闘病をつづけ、手術から3年を経た現在、体調は良好だという。しみじみと香織さんは言う。

「あのころは、こんな未来がくるなんて思えなかった。主人には無茶しないでいまの生活を楽しんでもらいたい。そしてできれば夫婦で一緒にホノルルマラソンを走りたいですね」

昨年12月に1人でホノルルマラソンを走っている竹原は「走り終わった達成感は、半端じゃなかった。じゃ、今年は2人で挑戦してみますか」と語る。頼もしい愛妻の支えで大病を乗り越えたチャンピオンは、人生の“KO寸前”から見事なカムバックを果たした。