先日、元AKB48の人気メンバー・渡辺麻友さん(26)が突如、芸能界引退を発表。多くの人に衝撃を与えました。

AKB48の絶頂期を支えた一人の彼女。最後まで恋愛スキャンダルゼロを貫き、高いプロ意識と王道のアイドルを目指した彼女は、男性だけでなく多くの女性ファンからの支持も集めました。

引退後は女優として朝ドラなどにも出演。順風満帆な独立を歩むとみられていました。しかし、「そういえば画面で見かけることが減ったな」と思った矢先の引退報道でした。

私も個人的に大好きなので、とても残念だなと思います。ただやはり彼女の引退理由について考えてみると、「プロ意識と現実のハザマ」で悩んでいたのかなと思えてなりません。

彼女は以前、出演したドキュメンタリー番組で「この世界(芸能界)は、真面目な人が損をすることも多い」と話していました。その姿が印象に残っています。

たしかに芸能界は、真面目さよりも華やかさや注目が優先される世界です。しかし芸能界に限らず、真面目すぎることの落とし穴があると思っています。

彼女の引退から、少し考えてみたいと思います。

・真面目 ・プロ意識 ・意識が高い ・勤勉

これらの言葉は芸能界に限らず、多くの場面で「褒め言葉」として用いられます。たしかに真面目にプロ意識を持ち、努力を重ねる人を多くの人は高く評価します。

しかし、いっぽうでは妙な居心地の悪さを覚える人もいるでしょう。高いプロ意識が、彼らにとっては“無言のプレッシャー”になっているのです。

まゆゆが実際にどうだったかは、身近な人しか分からないことです。ただAKB在籍時代は、恋愛スキャンダルを起こしたメンバーと口もきかないことがあったともいわれています。

もちろん恋愛NGのグループでは、恋愛する子が悪いのです。しかしダメなことをしたら一発排除する友人(この場合は同僚かもしれませんが)が近くに居たとして、それを疎ましく思う人も一定数いるものです。

真面目“すぎる”人の多くは、まわりに怖さやプレッシャーを無意識に与えていることがあります。

当人の中で「このくらいやって当然」と思う気持ちは、一部の人にとって「どうしてここまでやらないのか」といった無言の圧をかけているように映るのです。

結果、真面目すぎる人は周囲の不真面目さや不理解が目に付き、なんだかやるせない気持ちが募ることになりがちです。

同時に周りは真面目すぎる人を「凄い」と思っても「憧れ」はせず、なんならちょっと付き合いにくいと判断。距離を保った関係で落ち着こうとする場合もあるでしょう。

そして当人の中には、どんどん孤独感が募っていきます。

まゆゆが以前ドキュメンタリーで言っていた「真面目な人が損をする」という話は、あくまでも芸能界での話です。しかし一般社会においてもこういった“真面目がゆえに孤独になっていく人”がたくさんいるように思います。

真面目さは“物事に対して誠実である”という長所です。それは「私は真面目に取り組むのが好き」という個人単位で完結する行為だと、長所になります。

ただ周りにとっては、「真面目に生きている私を分かって」という期待の押し付けになっていることもあります。

まゆゆのプロ意識はどこまで高かったのか、周りにどう影響していたかは分かりません。

でも周りにプレッシャーをかけるほどの真面目さは結局、自分の期待を叶えることができずに精神的にも疲れることになります。

20代で潔く引退した彼女。その姿をもう見られないのは残念です。しかし真面目な性格がより生かされ、この先の人生が輝くことを祈っています。

(文:おおしまりえ)