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超高齢社会で65歳以上の4人に1人が認知症予備軍といわれている昨今。親が認知症になり、「実家を処分することができない」「預貯金を引き出せない」などのトラブルが急増している。たとえ本人のためであっても、家族が財産を勝手に処分したり、活用することはできないためだ。

そんな事態になる前に、検討したいのが家族信託。家族信託普及協会の代表理事で、家族信託研究所を運営する司法書士の宮田浩志さんが解説をしてくれた。

「財産の管理をほかの人に任せることを信託といいます。以前は、信託銀行や信託会社など、専門家に任せるのが主流でした。しかし、'07年の信託法改正を契機に、“信頼できる相手との間”、特に家族の間で使いやすくなりました。家族間で行うことが増え、『家族信託』という言葉が生まれました」

一般的に、親が認知症になった場合の方法として、契約や財産管理を任せる後見人を選任する「成年後見制度」が知られている。しかし、後見人となった親族が財産を私的に使いこむ事件が相次いだため、近年の家庭裁判所は弁護士や司法書士などの専門家を後見人に選ぶ傾向にあるという。

子どもが親の後見人になったとしても、実家を処分するには高いハードルがある。家庭裁判所の許可が必要なのだ。

「後見制度は、“財産を維持し、本人のために使う”ことを求められるので、本人の生活費以外の資産を家族が活用するのは困難です。親が施設に移って実家が空き家になっても、売ることができない。賃貸アパートの大規模修繕や親のお金で二世帯住宅を建てたいときなども、家庭裁判所が認めない可能性が高いですね」(宮田さん・以下同)

一方、家族信託なら、あらかじめ決めておいた目的と権限の範囲内であれば、親の財産を自由に活用できる。

「成年後見制度では難しかった、家のリフォームや賃貸マンションへの建て替えなど自由度の高い活用ができます。自宅を売却する場合も家庭裁判所の許可がいりません。ただし、家族信託は、本人に判断能力があるうちに、託す相手やその内容を決めておかなければなりません。完全に判断力が低下してから、始めることはできないのです」

あらかじめ、親と「介護費用にあてること」を条件に自宅の処分を託す信託契約を結んでおけば、実家をスムーズに売却することができる。また、実家を賃貸にして、その不動産収入を介護費用にあてるなど、柔軟な対応も可能。さらに、家族信託のメリットは資産承継を思いのまま、設定できることだ。

「遺言書の場合、指定できるのは一代限りです。たとえば、長男に自宅を相続させて、長男が亡くなった後は、その配偶者ではなく次男に家を継がせたいと思っても遺言状ではできません。しかし、家族信託であればOK。2次、3次の承継先を決められます」

具体的な例について、宮田さんは次のように語る。

「子どもがいない男性が先祖からの資産を一族に承継させたいと考えても、自分の死亡後に妻に相続させると、妻の死亡後は、妻の親戚に財産の権利がいってしまいます。それを防ぐため、妻の死亡後は甥に財産を承継するといった取り決めができます。また、後妻の生活を保障するために、死亡後は後妻を自宅に住まわせるが、後妻の死後は連れ子ではなく、先妻の子に自宅を承継させるといった活用法もあります」

宮田さんは「家族信託は、成年後見制度と遺言の“いいとこ取り”をできる優れた制度」だと語る。家族信託の手続きは、当事者が合意した内容を信託契約書という文書にして、それぞれ署名押印をすれば完成だ。それだけなら費用はかからないが……。

「必ずしも公正証書にする必要はありません。しかし、対外的により明確にするため、手数料はかかりますが、公正証書にしておくのが原則です。手数料は信託財産の評価額や契約内容によって変わる。たとえば、評価額が3000万円くらいなら、費用は3万〜4万円前後でしょう」

正しく書類を作り、運用するためには、家族信託に精通した弁護士や司法書士、税理士といった専門家に相談するのがいちばんだ。重要なのが、信託する人が元気なうちに行うこと。

「親が認知症と診断されたり、判断能力に陰りがでてきてから、慌てて相談に来る方が多い。できれば、本人が元気なうちに相談してください。どんな老後を過ごしたいか、どう資産を残したいのか、親子でしっかり話しましょう」

そして、手続きの前に、宮田さんが強く勧めているのが「家族会議」だ。

「家族信託には家族全員の意向を盛り込むことが大切です。親がどんな財産を持っているかをオープンにして、意向を子どもに伝えておくこと。“家族会議なんて開いたら、取っ組み合いになっちゃうよ”と言う人もいます。しかし、トラブルを顕在化させないままうやむやにするほうが、親が認知症になったり、亡くなった後、間違いなく家族間でけんかになってしまいます」

しっかりと信託契約が履行されるか、不正が行われないか不安な場合は、専門家を「信託監督人」とし、監督してもらうことができる。