「愛子さまが学校で蚕を育てられたことがあるとは伺っていました。ただ、まさか10年近くも飼育を続けられていたなんて……」

皇室担当記者は驚きを隠せない様子だ。宮内庁は6月12日、天皇皇后両陛下の長女、愛子さまがお住まいの赤坂御所で飼われている蚕の写真を公表した。桑の葉に白い蚕が群がっている様子などを、愛子さまご自身が撮影されたものだ。

学習院初等科3年生のときに授業の一環として教室で蚕を育て、それを持ち帰った愛子さまは蚕の世話を続けてこられたのだという。親子で学習院に通ったという学習院OBが話す。

「天皇陛下が学習院初等科に通われていた50年前には、希望する児童が香淳皇后からいただいた蚕を家に持ち帰って育てていましたね。ただ、愛子さまのように大学生になるまで飼育を続けたという話は聞いたことがありません」

いったいなぜ、愛子さまはそんなにも熱心に蚕の飼育に取り組まれていたのか――。

生糸の生産が日本の基幹産業だった明治時代、その奨励のために“皇室のご養蚕”は始まった。以来、そのお役目は歴代の皇后が継承し、今年、雅子さまへと引き継がれることになったのだが……。宮内庁関係者が声を潜める。

「実は、雅子さまは5月18日と6月8日の2回もご養蚕の作業を直前に中止されているのです。お代替わり以降の雅子さまは、皇后としての行事やご公務を見事に完遂されてきました。ところが美智子さまから直接引き継がれたご養蚕だけを“ドタキャン”されてしまった……。

ご養蚕は、美智子さまが非常に大切にされていた“皇后のお役目”です。それを継承されることに、雅子さまは重圧を感じられているのでは……と一部の宮内庁職員からも心配の声が上がっています」

前出の宮内庁関係者は、雅子さまが適応障害のご療養に入られて以降、一時期、美智子さまとの“溝”が取りざたされていたと振り返る。

「愛子さまが蚕の飼育を始められた'10年ごろ、雅子さまにはまだまだご体調に大きな波があり、ご公務を休まれる日々でした。加えて、愛子さまが初等科2年の終盤から登校不安になられたために、毎日のように学校に付き添われていたのです。そういった状況もあり、天皇ご一家は上皇ご夫妻とのご交流ができていないといわれていました」

その一方で、美智子さまは秋篠宮家の長女・眞子さまが小学3年生だったときに次のような手紙を送られたことはよく知られている。

《眞子ちゃんは、ばあばがお蚕さんの仕事をする時、よくいっしょに紅葉山のご養蚕所にいきましたね》

皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんは、美智子さまが愛子さまの蚕の飼育についても知らなかったはずはないとみている。

「美智子さまは74歳のお誕生日に際して《愛子と私は物事や事柄のおかしさの感じ方が割合と似ているのかもしれないと思うことがあります》と記されています。愛子さまに深い愛情をお持ちなのが伝わってきます。また、愛子さまは最近“美智子さまスタイル”のケープをよくファッションに取り入れていらっしゃいます。そこからもわかるように愛子さまにとって美智子さまは尊敬するおばあさまなのです」

愛子さまが蚕を飼育されるようになったことは、ご家族の会話のきっかけになったはずだ。

「蚕の飼育についても美智子さまにお尋ねになられたでしょうし、美智子さまも一生懸命にアドバイスをされたと思います。そのときは雅子さまも同席されたはずですから、愛子さまの養蚕が共通の話題にもなって、お二人の間にコミュニケーションが生まれるようになったことでしょう」(渡邉さん)

愛子さまが長年、蚕の飼育を続けられてきたのは、お祖母さまとお母さまの懸け橋になれれば、というご家族の融和を願ってのことでもあったのだろう。

そして御代替わり前年の'18年5月、雅子さまは天皇陛下、そして愛子さまとご一緒に紅葉山御養蚕所を訪問される。作業について美智子さまからじかに説明を受けられ、雅子さまはご養蚕を継承されたのだ。

今回のご養蚕で収穫された繭は生糸に紡がれ、7月中旬の「御養蚕納の儀」で皇室に納められる。その糸は、愛子さまが紡いだご家族の絆の証しと言えるだろう――。

「女性自身」2020年7月7日号 掲載