織田信成(32)の“告白”が世間を騒がせている。

9月9日、関西大学から織田の監督退任が発表された。大学は理由について、「多忙のため申し出があった」と説明。だが9月29日に織田は自身のブログで“多忙を理由に辞任したわけではない”と否定し、こうつづったのだ。

《辞めた本当の理由は、リンク内で私に対して嫌がらせやモラハラ行為があり、その影響で今年春頃から体調を崩すようになり、辞任するまでの3ヶ月間リンクに行く事が出来なくなった事とそれに対する関西大学の対応が誠意あるものに思えなかったからです》

織田は指導方針の相違を巡り、7月に関大側と話し合いを決行。だが要望は受け入れられず、辞任を決意したという。そうした“モラハラ退任”の陰には、女同士の壮絶なバトルがあったようだ。

「関大アイススケート部にはコーチの派閥が3つあります。1つは前監督・長光歌子さん(68)のグループ。彼女は2年前、織田さんにバトンを渡しました。残るのが織田さんの母・憲子さん(72)を源流とするグループ、そして濱田美栄コーチ(59)のグループです。憲子さんは、もともと関大でコーチを務めていました。織田さんは7歳から母の指導を受け、二人三脚でやってきました。今回も母の思いを受け継ぎ、監督を引き受けたわけです。いっぽう濱田コーチは京都のリンクを拠点に活動していたのですが、そこが閉鎖となって移ってきた“外様組”。しかし宮原知子(21)や紀平梨花(17)などの有力選手を育て、勢力を伸ばしていました。そのグループの意見対立が、騒動を生んだのです」(フィギュア関係者)

一部では織田と濱田コーチの対立が報じられた。授業の単位が不足している選手は試合出場させないようにすべきとして、部則変更に動いていた織田。だがこれに猛反論した濱田コーチは、無視するなどの行動に出たという。

「織田さんは、今回の件を憲子さんにも相談していたそうです。憲子さんは性格のキツイところがありますし、濱田コーチも言うときは言うタイプ。一度衝突したら、止まりません。織田さんはそのはざまで、悩んでいたようです。2人とも、選手の将来を考えてはいるんです。ただアプローチが違うだけなのですが……」(前出・フィギュア関係者)

本誌は憲子さんに話を聞くべく、高槻市内にある実家へと向かった。だが彼女は「何もお答えできません」と答えるばかりだった。

関大側は10月4日に謝罪し「対話を続けたい」としている。織田の涙は晴れるのだろうか。