「水原一平氏に代わって、ウィル・アイアトン氏(35)が、大谷選手の新しい通訳に就任しました。チームの編成部のデータ分析担当です。かつてドジャースで前田健太投手(35)の通訳を務めていた経験があり、今回、白羽の矢が立ったそうです。

’15年に吉本興業のスポーツマネジメント部門で社員として働いていた経歴もあります」(在米ジャーナリスト)

水原氏の違法賭博による解雇で笑顔が減少していた大谷のために、ドジャースでは“笑わせ隊”が結成されていた――。

「吉本興業で学んだのか、アイアトン氏はいじられキャラで周りを楽しませています。前田選手は彼が大好きみたいで、インスタには車の陰などに隠れてアイアトン氏を突然驚かせ、大きなリアクションを見て笑う動画が投稿されています。

また前田選手以外にも、’17年に当時ドジャースに所属していた選手が、レスリングのユニホーム姿のアイアトン氏がロッカールームで重量挙げに挑戦する動画をインスタにアップしました。闘魂注入のためにお尻をたたかれた後に、大きな雄叫びをあげながら約180キロのダンベルを持ち上げて、ドジャースメンバーの笑いを誘っていました。

人をいじるのが好きな大谷選手とすぐに打ち解けたことでしょう」(前出・在米ジャーナリスト)

3月26日(日本時間、以下同)から定期的に、報道陣の前でリハビリのキャッチボールを行っている大谷。アイアトン氏も見守る中で、相手を務めているのは、ブランドン・マクダニエルン氏だ。

「マクダニエルン氏は、ドジャースで選手のコンディショニング管理などを行うプレーヤー・パフォーマンス部門の副代表を務めています。

ウェイン州立大の野球チームでプレーした後に、スポーツ系の大学院に進学し、卒業。’12年からドジャースグループで働き始め、最初はドジャース傘下のマイナーリーグのチームでトレーナーとして経験を積み、たたき上げで今の地位にまで上り詰めました。

トレーニング系の資格や、ウエイトリフティングに関する資格、身体の評価についての資格などを有していて、大谷選手も信頼をおいているのではないでしょうか」(スポーツ紙記者)



■同僚から伝授された夫婦円満の極意

4月3日の試合前にも、マクダニエルン氏とキャッチボールを実施。よほどテンションが上がったのか、50球投げ終えると、グータッチのあとにガッツポーズまで飛び出していた。

日々、凄腕トレーナーとリハビリに励む大谷だが、息抜きをすることも……。

「開幕前のキャンプ期間中だった2月18日には、ドジャースの3番打者のフレディ・フリーマン選手(34)の息子・チャーリーくん(7)とリハビリを行っていました。

’22年のオールスターゲームで、チャーリー君は大谷選手と初対面し、それ以来、大ファンなのだとか。大谷選手も、チャーリー君のことを忘れていなかったようで、ドジャースと契約後のフリーマン選手との最初の会話は『チャーリーはどこ?』だったそうです」(前出・在米ジャーナリスト)

大谷とチャーリー君の“合同トレーニング”の内容とは――。

「キャンプ地で再会を果たすと、ツーショットを撮影した後に、筋力トレーニングのための器具であるメディシンボールを一緒に投げたりして、戯れていました。チャーリー君のあまりの可愛さに、大谷選手も思わず笑みがこぼれていましたね」(前出・在米ジャーナリスト)

チームメイトの家族との交流で、子供好きな一面を覗かせていた大谷。

「キャンプ途中に真美子さんは渡米し、ともに生活を送るようになったそうです。ドジャースの韓国で行われたMLBワールドツアーソウルシリーズ2024に帯同して、夕食会などにも出席し、大谷選手を支えていました」(前出・スポーツ記者)

そんな新婚の大谷に同僚からアドバイスが。

2月18日に「MLBネットワーク」の公式Xで公開されたインタビュー動画に、大谷はドジャースの一番打者・ベッツと登場。

既婚者であるベッツはアドバイスを求められて「とにかく“Yes”ということだ」と、夫婦円満の極意を伝授。これに大谷は笑みを浮かべていた。

「ベッツ選手は15年間の交際を経て、’21年にブリアナさん(29)と結婚しています。ベッツ選手はブリアナさんのことを『精神的にも、身体的にも一緒に成長してきた私の親友であり、子供たちの母であり、愛する人』と称していて、インスタグラムにツーショットを上げるなど、関係は良好そのもの。

移動中の機内でも、いまだにラブラブなので、おのろけぶりはチームNo.1。大谷選手も今後、彼から学ぶべきことは多いでしょう」(前出・スポーツ紙記者)

移籍後第1号ホームランを放った4月4日の試合後のヒーローインタビューで、「グラウンド外のところでも、いろいろ皆からサポートしてもらって。選手もそうですし、スタッフの皆さんもそうですし、ほんとにありがたい」と笑顔で語っていた大谷。

その裏には、“笑わせ隊”の献身があった――。