ヒトの皮膚などの体細胞に初期化因子を導入して作製するiPS細胞(人工多能性幹細胞)の発明で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京大iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥所長が5月14日に都内で講演し、iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組みについて語った。

 講演の冒頭、山中氏は父親を30年前に肝不全で亡くしたことに言及。当時は原因不明だったが、1989年にC型肝炎ウイルスが同定され、25年後の2014年にC型肝炎治療薬「ハーボニー」が発売されたことについて「今なら父は死なずに済んだ。これは研究が病気を克服した成功例だ」と評価した。一方で、この事例について「医学研究が抱える2つの大きな問題がある」と指摘。治療薬開発まで25年間かかったことや、ハーボニー錠は1錠5万5000円と高価格であることを問題視し、「研究者は時間とコストとも戦う必要がある」との認識を示した。

■iPS細胞の医療応用は「再生医療」と「創薬」

 iPS細胞の医療応用の方法については「再生医療」と「創薬」の2つあると説明した。 再生医療については、2014年から加齢黄斑変性に対してiPS細胞から作った網膜の細胞を移植する臨床研究が開始し、昨年、1例目の経過を発表したことを紹介した(Mandai M ,et al:N Engl J Med. 2017;376(11):1038-46.)。

 山中氏は1例目について「良好な経過を辿った」とする一方で、時間とコストという「重要な課題が見えた」との認識を改めて提示。1例目は自家移植だったが、自家移植の場合には、患者の細胞採取から移植までに半年から1年間かかると明かし、「その間に患者さんの状態が変わり、手術適応ではなくなることもある」と指摘した。また、コストもゲノムの品質評価だけで数千万円に上ったため、「何千人の患者さんに対する一般的な治療法としては問題があった」と振り返った。

■加齢黄斑変性への他家移植を5例実施

 これらの問題の解決策として山中氏は、CiRAで「再生医療用iPS細胞ストック」を構築したことを紹介した。同ストックは、日本赤十字社、さい帯血バンクの協力を得て、「HLAホモドナー」からあらかじめiPS細胞を作製する仕組み。現在、日本人のHLA型第1〜3位のiPS細胞を提供しており、これは日本人の32%、約4000万人をカバーすることになるという。山中氏は、現在、4〜5位のHLA型を作製中であり、今後2〜3年で第6位以下、14種類のHLA型のストックが可能であるとし、「日本人の54%、6000万人以上をカバーできることになる」との展望を披露した。

 さらに昨年、同ストックを用いてiPS細胞から網膜を作り、加齢黄斑変性の患者5人に他家移植を実施したことを説明。2年程度経過観察する予定であるとした。山中氏は「この5例から学んだことは、免疫抑制剤の投与が眼球内の局所で済んだこと。HLA型を合わせることに一定の意義があった」と評価した。

 このほか、パーキンソン病に対する治験の準備を進めていることを紹介するとともに、洗浄血小板製剤パックの製造に向けても「早い段階で治験に入れるのではないか」との見通しを示した。