■苦労が多かった「エンタイビオ」の開発

――国内の研究開発パイプラインの中で特に有望と考えているものをご紹介いただけますか。

廣田 昨年、潰瘍性大腸炎の効能・効果で承認・発売された製品ですが、消化管に選択的に作用するモノクローナル抗体製剤「エンタイビオ」はまず有望な新薬として挙げられます。これについてはライフサイクルマネジメントの開発を続けており、今年5月にはクローン病の効能追加も承認されました。皮下投与製剤の剤型追加の開発も進められ、潰瘍性大腸炎が承認申請(8月)、クローン病がフェーズ3の段階にあります。

 「エンタイビオ」は、2008年に買収したミレニアム社が創製した製品です。買収時点で海外での治験はすでに進んでいたため、日本での開発は武田が独自に行うことになったのですが、上部消化管の医薬品開発には強い武田も下部消化管の領域についてはノウハウがなく、治験の規模も大きかっただけに、当時の担当者はかなり苦労したようです。

 がん領域で将来的に有望なものとしては新しいCAR-T細胞療法があります。他社ですでに承認されているCAR-T細胞療法は血液腫瘍に対して有効性が示されていますが、我々が湘南アイパークのベンチャー企業と協力して開発を進めようとしている製品は固形腫瘍への効果が期待されています。この開発に成功すれば、世界規模のブレークスルーになると考えています。

■「最速最善」の医薬品開発を追求

――廣田さんが長年にわたり研究開発に取り組む中で大事にされてきたことは何ですか。

廣田 いつも頭にあるのは「最速最善」という言葉です。将棋の米長邦雄先生が昔、プロの定義について語る中で「40手先に詰みがあるかもしれないとき、そうしなくてもじっくり打てば勝てるという状況でも、最速最善で40手で詰むことを追求するのがプロだ」という話をされていて、なるほどと思いました。

 我々も研究開発のプロならば常に最速最善を目指さなければいけない。医薬品の開発は真っ直ぐにはいかず、時に停滞し後ろに戻ることもありますが、心構えとして個人個人が最速最善を目指せば、組織として最速最善で患者さんに医薬品を提供できる、という話はよくします。実際には難しいんですけどね(笑)。

――臨床試験情報への患者・家族のアクセス拡大を目指して、8月末に武田薬品国内ウェブサイトに「臨床試験情報公開ページ」が新設されました。研究開発においてもペイシェント・ファーストの考えを徹底していくということでしょうか。

廣田 そうですね。以前は「患者さんのために薬をつくる」という発想でしたが、いまは「患者さんとともに薬をつくっていこう」というのが基本姿勢です。

 患者さんのヘルスリテラシーが上昇し、特にがん領域の患者さんの情報量・知識量は圧倒的です。患者さん1人1人のご意見が臨床試験の計画などに役立つということが実際に起こっています。研究段階から患者さん、患者団体の声に耳を傾ける取り組みを今後も進めていきたいと思っています。