臨床現場のニーズを反映した研究開発を進めるために、製薬企業で働く医師の役割がますます重要となっている。オンコロジー領域の臨床開発医師として日本イーライリリーに勤務する坂口佐知さんは、小児がんの診療に携わってきた経験を開発に活かすとともに、開発した新薬の情報を臨床現場に適切に提供する役割を担っている。この1年は、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の乳がんを対象としたCDK4/6阻害薬「ベージニオ錠」(2018年9月承認、同年11月発売)の市販後のフォローに奔走してきた。「ベージニオ」の特性・開発経緯、市販後のフォローで学んだことなどについて坂口さんに話を聞いた。

――乳がん治療薬「ベージニオ」(一般名:アベマシクリブ)は類薬と比べてどのような特徴があるのですか。

坂口
 一番わかりやすい特徴は、CDK4/6阻害薬の中で唯一連日投与可能な経口製剤というところです。

 CDK4/6阻害薬は世界にほかに2種類ありますが、いずれも「3週間投与して1週間休薬」という用法になっています。CDK4/6阻害薬は、細胞周期の調節に主要な役割を果たすサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6を選択的に阻害し、細胞周期を停止させる分子標的薬で、効いている間は細胞周期が止まり、効かなくなると細胞が増殖しますので、その作用機序をシンプルに考えると休薬なしで投与を続けられるほうがいいわけです。しかし、骨髄抑制の副作用があるため、どうしても休薬を挟まなくてはならないということがネックになっていました。

 イーライリリーでは当初から「休薬なしで投与できる薬をつくる」ことを目標に開発を始め、開発者の表現を借りると「干し草の中から針を探す」ような作業で実験を繰り返し、アベマシクリブを見つけました。

■2つの適応症で同時申請

――治験中はどのような苦労がありましたか。

坂口 臨床試験では、内分泌療法治療歴のある手術不能/再発乳がん患者を対象としたMONARCH2試験と、内分泌療法治療歴のない手術不能/再発閉経後乳がん患者を対象としたMONARCH3試験という2つのフェーズ3試験が進められました。

 最初にMONARCH2の最終解析結果が出て、これをもって米国で承認を取得したのですが、少し間をあけてMONARCH3の中間解析でも有効という結果が出たため、日本チームは、最終解析結果と中間解析結果を合わせて2つの適応症の承認を同時申請しようと決断しました。当時の担当者はかなり苦労しましたが、「有効という結果が出た限りは患者さんに1日でも早く薬を届けたい」という思いで当局とも協議を重ね、最終的に両方の適応症で承認を取得するに至りました。

――ほかに開発中のエピソードはありますか。

坂口 アベマシクリブの開発は当初カプセル剤で行われていたのですが、「飲みやすさを考えるとやはりタブレットのほうがいい」という意見を日本チームからグローバルに出し、いろいろな方向から手をかえ品をかえ訴えた結果、最終的に世界共通でタブレットに統一されたという経緯があります。