「内科系疾患」「炎症性・免疫疾患」「がん」「ワクチン」と並んで「希少疾病」を重点領域に位置づけるファイザーは昨年3月、2013年に上市した「ビンダケル」(一般名:タファミジスメグルミン)の適応拡大により、難治性疾患「トランスサイレチン型心アミロイドーシス」の治療薬を世界で初めて開発、医療現場への提供を開始した。それまで対症療法以外に治療手段がなく、また特徴的な症状や症候がないため見過ごされるケースも多いことから、診断される患者の数が極めて限られていた希少疾病の医薬品開発はどのように進められたのか。ファイザーR&D合同会社で希少疾病領域を主に担当してきた今枝孝行さんに舞台裏を聞いた。

――「ビンダケル」の適応症に追加されたトランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)とはどのような病気なのですか。

今枝 トランスサイレチンという蛋白質に加齢(野生型)や遺伝変異(変異型)で異常が生じ、アミロイドがつくられ、それが心筋に沈着することで心不全を呈する進行性の希少疾病です。多くのケースで60歳以上の高齢で発症し、数年後には亡くなるといわれています。有効な治療手段がなかったことから、これまで積極的に診断されることが少なく、潜在的には全国に多くの患者さんがいるのではないかと指摘されています。

 トランスサイレチン由来のアミロイドが神経に沈着することで機能障害を引き起こす病気にトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー(TTR-FAP)という遺伝性の希少疾病もあり、「ビンダケル」は2013年にこの疾患を適応症として承認されました。ATTR-CMの適応追加のための臨床試験は国際共同治験として行われ、国内では、TTR-FAP研究・診療の拠点である信州大と熊本大に久留米大を加えた3大学で治験が進められました。

■難しかったエンドポイント・期間の設定

――臨床試験では特にどこで苦労しましたか。

今枝 患者さんを見つけるのが一番難しかったです。特に野生型のATTR-CMは世界的にも積極的に診断されることがあまりなく、死亡までの経過をたどったデータが少ないため、プラセボを対照とした第Ⅲ相試験ではエンドポイントや期間の設定にも苦労しました。

 最終的には世界13カ国で441人の患者さんを対象に30カ月投与、「死亡」と「心血管事象に関連する入院頻度」をプライマリエンドポイントとして試験を実施しました。主要解析では、Finkelstein-Schoenfeld法という複雑な統計手法を用いて死亡と入院頻度を組み合わせた階層的な評価を行い、有効性が示されました。先駆け審査指定制度の対象品目に指定されていたこともあって承認審査は迅速に進められ、ビンダケルのATTR-CMへの適応拡大は2019年3月に世界で最初に日本で承認されました。

――日本では何人の患者さんが治験に参加したのですか。

今枝 17人です。治験の施設が遠いため参加できない方、治験の情報をそもそも知らない方もいらっしゃったと思いますが、信頼できる施設でできる限り早く結果を出すことを優先し、試験を進めました。

 試験結果を学会発表した後の反響が非常に大きく、ある患者さんのご家族からファイザーの社長宛に「一刻も早く申請してほしい」という手紙が届きました。私はそれを見て、患者さんがどれだけ切実な思いで画期的新薬を待っているかを知り、早く世に出さなければとあらためて思いました。

 最初のTTR-FAPの治療薬開発も担当したのですが、その時も、治験に協力いただくために会いに行った先生に「こんな薬の試験をやらせてもらえるんですか」と逆に感謝されたのを覚えています。

――ビンダケルの適応拡大が承認されてから1年となりますが、ATTR-CMが診断されるケースは増えてきているのでしょうか。

今枝 少しずつ増えているとは聞いていますが、こういう疾患があること自体がまだ十分に認識されていないのが現状です。ATTR-CMは早期診断・早期治療が重要で、そのためには現場での疾患のアウェアネスを高め、早期に診断される患者さんを増やす必要があります。心不全の患者さんで通常の治療で効果がない方を診た際は「アミロイドが溜まっている可能性があるかもしれない」と疑っていただきたいと思います。