政府が行政手続きのうえで「ハンコ」使用の廃止を進めようとしている。街の声では「必要ないけど、法的にはどうなのか」という声もあった。たとえば「不動産登記の申請」。法務省によると、不動産登記のオンラインでの申請が2010(平成22年)で約270万件で、2018年(平成30年)にはその2倍にあたる約535万件と、ある程度はオンライン化が普及、進行したようにみえる。そこで藤本尚道弁護士(兵庫県弁護士会)に法的な観点で『脱・ハンコ』について聞いた。

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 本来、ハンコは「本人の特定」のために意味を持っていたが、誰でもどこでも同じはんこが手に入る現代日本では、いったい何のためのハンコなのか……と首を傾げざるを得ない。役所に提出する書類にもハンコが必要な場合がまだまだ多いところ、窓口の係員が「ハンコお忘れならすぐ近くの100円ショップで売ってますよ」などと言い出す場面に出くわすと、もはや何がなんだかわからなくなる。

藤本尚道弁護士
藤本尚道弁護士(神戸市中央区「ハーバーロード法律事務所」代表)

 テレワークを推進している会社なのに、書類にハンコを押すためだけに出社するなんて、無駄の最たるものではなかろうか。そんなわけで、本当にハンコ(実印)の押捺が必要な場合(たとえば不動産売買など)を除いて、ただただ形式的なものにすぎないハンコの使用はどんどん無くなる方向に進んで行くのが時代の流れだと思う。

誰でもどこでも同じはんこが手に入る日本
今や、誰でもどこでも同じハンコが手に入る日本

 上川法務大臣が述べた婚姻届や離婚届の押印の廃止については、結婚・離婚ともに人生の一大事ですから「慎重に考えるべき」との趣旨から「押印」を必要とすべきだとの考えもあると思う。その意味では、一世一代の大きな買い物と言い得る不動産売買に通じるものがあるかも知れない。

 しかし不動産売買で「実印」が必要となる大きな理由は、まさに個人の特定のためであり、法務局の登記官が「本人の意思」を確認する大切な手段とされているからだ。(ちなみに今後、本人確認の方法について「電子化」が進み、これが登記手続に取り入られると、もはや「実印」すら不要となる時代が来るだろう)

婚姻届

 その点「婚姻届・離婚届」については「実印」の押捺は要件でなく、「認印」で十分に通用する。100円ショップであわてて買ったハンコでもOKなわけだから「本人確認」としてはまったく意味がない。

 また「婚姻届・離婚届」については「緊急性」が存在する場合もあり得る。たとえば、重病で死に瀕している人が、これまで長く連れ添った相手と「入籍」したいと考えた場合。あるいはその逆の場合などもある。だからこそ役所も「婚姻届・離婚届」については24時間態勢で受け付けることになっている。

 そのような事情を踏まえると、「婚姻届・離婚届」について「本人確認」を重視して「実印」の押捺を要求することも、いかがなものかと思う。

離婚届

 こう考えると「婚姻届・離婚届」にハンコをつかせることの意義が大きく後退してしまう。「婚姻届・離婚届」の偽造による届け出は、公正証書原本等不実記載・同行使の犯罪(五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金)だが、届け出にハンコが不要となったとしても、犯罪となる「不実の届け出」が増加するとは思えない。

 いまの世の中、100円ショップで誰もがどんなハンコでも買えるわけで、何も状況が変わるわけではないのではなかろうか。

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次回(10月23日)は神戸で創業100有余年、老舗ハンコ店・店主はこの事態とどう向き合うかを聞く。