誰もが目にしたことがあるデザインを手掛け、日本のグラフィックデザイン界で先駆者的な役割を果たしたデザイナーのひとり「今竹七郎」の創作活動の全貌を紹介する「没後20年 今竹七郎展 〜近代日本デザインのパイオニア〜」が、西宮市大谷記念美術館で開催されている。12月6日(日)まで。

 今竹七郎は1905年、神戸で生まれた。戦後、政治経済だけでなく商業の中心も東京に集中するなか、ただひとり関西に留まり、2000年に94歳で亡くなるまで、関西の芸術文化、特にデザインの分野に大きな功績を残した。

ポスター[ナイロン 紳士服裏地]1952
ポスター[ナイロン 紳士服裏地]1952

「誰がデザインしたのかわからないけど、知ってる、見たことある。」そんなデザインを今竹は多く手掛けた。輪ゴム「オーバンド」の黄色と茶色のパッケージ、近江兄弟社のメンターム、アンペアとボルトをデザインしたという関西電力の社章など現在も使われているものや、「南海ホークス」のシンボルマークなども今竹の作品。1930年代の新聞広告「ランランシリーズ」は、余白を生かすことで目を引くデザインで大ヒットした。

 会場には今竹が残した原画や、グラフィックデザイン、商品パッケージ、絵画などおよそ400点が展示され、時を経た今でも輝きを放っている。

 今竹はデザイナーでもあり、アイデアマンであったという。下村朝香学芸員は「(今竹は)デザインは夢を与えることが大切と話し常に前を向き、時代の変化・空気を読むのがうまい人だった。時代をこえても輝き続ける今竹の作品を見てほしい」と話す。