「人の命 いる尊い田や 尼のはる(尼崎の春)」

「人の命 いる尊い田や 尼のはる(尼崎の春)」
「人の命 いる尊い田や 尼のはる(尼崎の春)」
ダイコンの花 2021年、じゅうたんを敷き詰めたような白さは例年よりも早く
ダイコンの花 2021年、じゅうたんを敷き詰めたような白さは例年よりも早く

 JR福知山線脱線事故から4月25日で16年になるのを前に、事故現場近くの線路沿いの畑に、今年もダイコンの花などで描いた「命」の文字が浮かび上がった(※記事中写真は2021年4月9日撮影)。

福知山線の列車は大きく減速して事故現場のカーブに向かう(※尼崎駅〜塚口駅 列車車窓から)
福知山線の列車は大きく減速して事故現場のカーブに向かう(※尼崎駅〜塚口駅 列車車窓から)
「命」の文字をかたどる、大規模な“畑アート”(畑の南側から望む)
「命」の文字をかたどる、大規模な“畑アート”(畑の南側から望む)

 地元で農業を営む松本三千男(みちお)さん(85)が犠牲者の追悼のため、2009年から現場の南西約300メートル(尼崎市久々知西町)で自らが所有する畑に「命」の花文字をつくり始めた。そして2015年からはその取り組みに共感した知人の萩本啓文さん(67)が種を譲り受け、北東約100メートルで「生」の花を描き始めた。畑の草刈り作業にはJR西日本の運転士も有志として協力している。

いつもと同じように通過する福知山線 惨事から16年、決して風化させてはならない
いつもと同じように通過する福知山線 惨事から16年、決して風化させてはならない

 松本さんは高齢のため今年限りで農作業を引退する。畑の世話をしてくれる後継ぎはおらず、 福知山線をはさんで 『生』『命』の文字を見ることができるのは今年が最後となる。「長男の仕事も軌道に乗ったからね。無理に継がせることも気が引けるんですよ。ダイコンの白い花を見て事故を思い出し、与えられた命の尊さや力強さを感じていただけたと思います」と話した。

「こうして畑仕事を手伝うのも今年が最後」小谷候二さん
「こうして畑仕事を手伝うのも今年が最後」小谷候二さん
事故発生当時を振り返る小谷さん「自分も救出活動に加わりたかった」
事故発生当時を振り返る小谷さん「自分も救出活動に加わりたかった」

 また松本さんの友人で事故現場近くに住む小谷候二(やすじ)さん(84)は、今も事故直後の惨状が目に焼き付いている。「阪神・淡路大震災もこの尼崎で経験しました。その時に似た衝撃音と揺れ、叫び声、変形した車両。『私に何かできないか』と救急隊に詰め寄っても、あの危険な(脱線車両の)中には行かせてもらえなかった。もどかしい思いでした。便利で豊かな時代に、こんな悲惨な事故があるのかと思うと、本当に悲しかったです。私も命の花畑で草むしりを手伝ったりしていましたが、歳には勝てません。寂しくなりますが、この事故は絶対忘れてはならないのです」と涙を流した。