大阪教育大学附属池田小学校で児童8人が犠牲になった事件から20年となった8日、追悼式典「祈りと誓いの集い」が開かれた。

事件後、学校の正門は西側に変更された<2021年6月8日>
事件後、学校の正門は西側に変更された<2021年6月8日>
大阪教育大学付属池田小学校・正門
大阪教育大学付属池田小学校・正門

 池田小学校では事件を教訓に2009年から「安全科」という授業を設け命を守る教育を続けている。昨年(2020年)は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、児童の参加を各学年代表にとどめるなど大幅に規模を縮小、毎年この日に行われる「安全科」の授業は見送られたが、今年の授業は2年ぶりに報道陣にも公開され、事件で心に深い傷を負った児童に配慮して、当時の制服を廃止して、私服を着用した期間を経て現在の制服になった経緯などを学んだ。

「安全科」授業は年間15時間組まれている<2021年6月8日>
「安全科」授業は年間15時間組まれている<2021年6月8日>
児童の心情を配慮し、事件当時の制服から私服へ、そして現在の制服に<2021年6月8日 「安全科」授業>
児童の心情を配慮し、事件当時の制服から私服へ、そして現在の制服に<2021年6月8日 「安全科」授業>

式典「祈りと誓いの集い」には一部の遺族のほか、各学年の代表児童6人や教員ら約60人が出席した。事件の発生時刻、10時12分にあわせ、亡くなった児童の名前が刻まれたモニュメント「祈りと誓いの塔」の8つの鐘を鳴らし、参列者は1分間の黙祷をささげた。

献花する児童ら<2021年6月8日>
献花する児童ら<2021年6月8日>
追悼の鐘を鳴らす児童代表<2021年6月8日>
追悼の鐘を鳴らす児童代表<2021年6月8日>

 事件当時6年生の担任で、いったん池田小を離れ、去年3度目の赴任となった眞田巧校長は「当時『学校は安全なところである』という根拠のない思い込みによって緊急事態の想定ができていなかった。子どもたちを守る教育と、加害者を生まない教育。これをあきらめてはならない。目の前の子どもが、笑顔で元気に過ごせる学校生活を保障するために、前を向いて教育に取り組みたい」と誓った。

眞田 巧校長「子どもたちを守る教育と、加害者を生まない教育をあきらめてはならない」
眞田 巧校長「子どもたちを守る教育と、加害者を生まない教育をあきらめてはならない」

 眞田校長は当時を振り返る。3階の教室で授業後に子どもと会話をしていると突然、叫び声が聞こえた。中庭を走り回る児童。倒れた教員。外に出ないよう伝えて1階に降りたが、犯人が確保されたと聞き、児童らの避難誘導に当たった。事件後は遺族対応に奔走する。「子どもの命を守れず、申し訳ない」。その気持ちから、精いっぱい遺族に寄り添ったと振り返る。

旧・正門前には早朝から花束とメッセージが寄せられた
旧・正門前には早朝から花束とメッセージが寄せられた
事件から20年、加害者生まぬ教育を忘れない
事件から20年、加害者生まぬ教育を忘れない

《大阪教育大付属池田小学校・児童殺傷事件》

 2001年6月8日午前10時12分ごろ、包丁2本を隠し持った宅間守・元死刑囚(2004年9月死刑執行時・40歳)が、学校東側の門から校内に侵入。校舎1階の教室や廊下で児童らを次々に襲い、2年の女子児童7人と1年の男子児童1人が死亡、児童13人と教諭2人が重軽傷を負った。国や学校はその後、学校の安全管理の不十分さを謝罪、事件を機に全国で学校の安全を見直す動きが広がった。