「ふいんき」、皆さんはこの言葉を聞いたことがありますか?

 何を言っているのだ、「ふいんき」とは「雰囲気」のことじゃないか。訳のわからないことを……と、言われそうですが。

「雰囲気」の正しい読み方は、「ふんいき」です。

 ところが、ネットなどで「ふいんき」を検索すると、予測変換の上位に「ふいんき なぜか変換できない」などの言葉が出てくるのです。一定数の人が「ふいんき」で検索し、変換されないため、さらに検索する様子が想像できます。もちろん「ふいんき」を辞書で引いても出てきません。

 甲南大学文学部教授(社会言語学)の都染直也(つぞめ・なおや)さんに伺いました。

 こうした現象を「日本語学の『音位転倒』(おんいてんとう)」と言うそうです。単語のなかで、前後の音が入れ替わる変化のことです。たとえば……秋葉原(あきばはら→あきはばら)、山茶花(さんざか→さざんか)、新し(あらたし→あたらし)などがそうです。

 確かに漢字を見ると入れ替わっています。なぜこのような「音位転倒」や、よく似た「音韻交替」という現象が起きるのでしょうか。

 その理由としては、発音がしにくい、同じような音に引っ張られる(左右される)などがあげられます。そして、その変化形が、時間経過とともに定着してしまうようです。

 ん? ということは 「ふいんき」 や他の言葉も、後世では正しいものとして使われることがあるということ?

 都染教授に再び聞きました。

「今後もあり得るでしょう。すでに『無観客=ムキャンカク』が兆しているように思います」

 は? ムキャンカク? どういうことですか?

「音位転倒や音韻交替(おんいんこうたい)は、さっと聞いただけでは、聞き流してしまうような場合に起こります。話題が、観客の有無であれば、ム……といえば、その時点で『無観客』と予測して聴き取ります」との衝撃のお答え。そしてさらに……、

「会見などを、よく聞いていると、ムキャンカクになることがあります。まだ文字が引き留めてはいるのですが、雰囲気の例で、文字は引き留め役とはならない前例があります」とのこと。

 いやいや、さずがに無観客はどこまでいっても「ムカンキャク」でしょう。だって「ムキャンカク」なんて早口言葉のようで、とても言いにくいです。…と、否定はしたものの、待てよ、これはあり得ることだ。

 だって私たちはすでに「さざんか(山茶花=本来はさんざか)」と言っていますよね。それに対しても何の疑問も持っていません。ということは……「ムキャンカク」も将来は当たり前になっているのかもしれません……。

 そう思うと、また眠れない日々が続きそうです。

 言葉は時代とともに、その意味も使い方も変化します。「ことばコトバ」では、こうした言葉の楽しさを紹介していきます。

(「ことばコトバ」第10回 ラジオ関西アナウンサー・林真一郎)