神戸市北区で2017年、祖父母や近隣住民ら5人を殺傷したとして殺人・殺人未遂・銃刀法違反など5つの罪に問われた無職の男性(30)の裁判員裁判で、神戸地裁は4日、無罪を言い渡した。

神戸地裁は「心神喪失」を認定、無罪を言い渡した
神戸地裁は「心神喪失」を認定、無罪を言い渡した

 犯行当時の男性を「心神耗弱(こうじゃく)状態」とした検察側は無期懲役を求刑、弁護側は無罪を求めていた。

 刑法39条では「心神喪失者の行為は罰しない。心神耗弱者の行為は刑を減軽する」としている。男は罪状認否で事実関係は認めたものの、弁護側は事件当時、統合失調症により善悪を全く判断できない「心神喪失状態」だったとして無罪を主張、最大の争点は男性の刑事責任能力の有無だった。

開廷前の神戸地裁法廷<2021年11月1日 ※代表撮影>
開廷前の神戸地裁法廷<2021年11月1日 ※代表撮影>

 事件は2017年7月16日早朝に発生、起訴状によると男性は神戸市北区の自宅で祖父母(いずれも当時83歳)の首を包丁で刺すなどして殺害後、近くに住む女性(当時79歳)も刺殺。さらに母親と近所の女性も金属バットなどで襲い、重傷を負わせたとされる。

 10月13日の初公判で男性は、5人を殺傷したとする起訴内容については「間違いない」と認めた。そのうえで弁護側は「統合失調症は重度で心神喪失状態だった」と無罪を主張した。

 検察側は、男性が犯行の2日前、インターネットの書き込みで、専門学校に通学していた際の同級生の女性のものとみられる投稿を解析して、自分へのメッセージと受け止めた男が「自宅近くの神社へ行けば、この女性と結婚できる」との妄想を抱いて犯行を決意したと指摘。善悪を判断する能力は低下していたが、一部は残されており、「心神耗弱(こうじゃく)状態」だったとして無期懲役を求刑していた。

 判決公判の冒頭、裁判長は判決理由を関係者に説明したいなどとして、主文の言い渡しを後回しにしていた。

 神戸地検は男性について、起訴前に2度の鑑定留置(それぞれ別の鑑定医が担当)を実施した。10月19・20日(第5・6回公判)に行われた証人尋問では、被告の精神鑑定に関わった精神科医2人が、異なる意見を示した(※なお、精神科医は法廷内の発言で「責任能力」という文言を使用していない)。

 最初に担当した鑑定医は臨床精神医学が専門。事件から約1か月半経過した2017年8月〜2018年1月までに11回にわたり面会した。この医師によると、11回という面会回数は多い部類に入るという。
 理由として▼重大事件であること▼事件(犯行)までに精神科の通院歴がなく、きちんと精査すべき▼精神を安定させるための投薬の影響 を考慮したことを挙げた。この医師は男を統合失調症としたうえで「ストレスを一気に爆発させるタイプ」との鑑定結果を示した。

判決で裁判長は「心神喪失状態だった」と判断、無罪を言い渡す<2021年11月4日 ※代表撮影>
判決で裁判長は「心神喪失状態だった」と判断、無罪を言い渡す<2021年11月4日 ※代表撮影>

 判決で裁判長は、最初に精神鑑定した医師の信用性は否定できないとした。そのうえで、遅くとも祖母(最初の被害者)を襲撃した時点で、正常な精神作用が機能しておらず、被告人とこの女性以外は人間ではないという妄想の精神症状の圧倒的な影響のもとで各犯行に及んだなどと指摘、弁護側の主張する「心神喪失」状態にあったとの合理的な疑いが残るとして、無罪を言い渡した。

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判決を受け神戸地検は「判決内容をよく検討し、上級庁とも協議の上、適切に対応したい」とコメント。一方、弁護人の1人は取材に「起訴から4年、証人らの記憶が希薄になるなどの不利な点もあった。しかし当方の主張は受け入れられ、適正な判断であった」という趣旨の所感を述べた。

そして遺族の1人は「判決を聞き、ただただ絶望しています。何の罪もない3人が無法に命を奪われたのに、犯人は法律で命を守られたことには到底納得ができません。
私たちと同じような思いをする人がいなくなるよう、責任能力という制度と運用を、見直すきっかけにしてほしいです」と話した。